小話「空中テラス」

　折角いいお天気ですからと言うリートの言で、彼らは中央校舎から学生ホールに移動すると、その空に在る空中テラスで昼食を採る事にした。もっとも院は何時だって「いいお天気」なので、昼休みには空中テラスで食事と言う図式は彼等の日常であったのだけれど。
　最近院へと入学した詩乃 ヴァレス 王蘭もまた、他の学生たち同様空中テラスを気に入っていた。
　別段食堂が気に入らない訳でない──品揃えに関してだけ言えば、流石に食事を饗するのがメインの場だけあって、やはり軽食中心のテラスは太刀打ち出来ないだろう。
　そう思いながらリフトに運ばれて行くと、幾らか遅れたこともあってそこは既に沢山の学生たちで賑わっていた。
「詩乃さんは、何にします？」
　そもそもの身長差と、先頭に立たせると道に迷いかねないと言う理由から半歩後ろを歩くことになるリートは、小走りに数歩先んじて顔を覗き込んだ。
「……アミューズを適当にな。サラダとバゲットと、それから紅茶はダージリンで」
　食事と言えば、立食パーティでもなければ座っている所に運ばれてくる物だと思っていた彼は、いわゆるカフェテリア形式のテラスに最初驚いたものだが、慣れるに従って其処に楽しみを見出したのだ。
　トレーを手に先ず向かうのは突き出し程度の小皿の陳列棚だ。馴染みの物や見たこともない食品を乗せた皿が並んでいる中から、品書きを良く読んで二、三品取り寄せる。サラダは隣接する専用のサラダバーで、大きなサラダボールから取り分けた分に好みのソースを少々。オードブル感覚で盛り合わせる。
　パンはまた別のテーブル上でライスやらと共に鎮座していたが、詩乃はこれだけが不満だった。折角の焼き立てのパンだと言うのに、先に取っておけば食事の途中で冷たくなって仕舞いかねない。かと言って食事中にメニュの追加等という理由で席を立つのも如何な物かと思う。昼の時間はテーブル間にパンのサービスを運ばせてはどうだろうかと考えて、彼はそれを次回院最高位の騎士に会った際具申する事に決めた。決めた事で機嫌が良くなり、取りあえずブールに加えてブリオッシュを手にした。堅焼きパンであるブールは表面が程良く焼け、香ばしい香りを立ち上らせている。これを焼く職人を故国に連れて帰りたいものだと彼はふと思った。
　詩乃は外見の割に──と言われるのが彼には不可解だったが──しっかり食事を採る。確かに付け合わせやパン類だけで昼食を済ませてしまう者たちがいる事は彼も見知った。しかし朝はアーリーモーニングティを気取ってアッサムと焼き菓子を口にする程度で、夜も軽食。昼にその分を補うのは当然の事で、これまでトレーに乗せた皿の他にメインディッシュも選ぶ。
　そのメインディッシュはその日のメニュから直接注文する事になっていた。
「妖精さん呼びますか？」
　と言うリートの言葉と同時に、黄金の円盆が宙を滑るようにして二人の前にやってきた。
「御注文ですか」
　喋ったのは手の平に収まるほど小さな人型の「妖精」だ。普通学生たちはカウンターに並んでメニュの受け渡しを願うのだが、今日のように注文が多く待たせてしまう場合は彼らの出動となるのだった。メニュ一覧が乗った盆を頭上に掲げて注文を受け付け、場合によっては食事を運び、とランチタイムで忙しいテラスをサポートする。その代わりとして学生たちもほんの少々チップを支払ってやる──とは言えそれはパンの一欠片だったりしたが、彼らは大層喜ぶのだった。
「またお前は馬鹿な事を。どうせあれは高性能ロボットだろうに」
　それぞれの注文を受けた「妖精」が御盆を抱えたあげたまま飛び去って行くのを見送って、詩乃は先程はタイミングを逃して言えなかった台詞を言った。
　確かに時折ぎょっとする程表情が豊かだったり、個体それぞれに個性が有り過ぎる気はしたけれど、そう言う機械に違いないと彼は思い込んでいる。
「妖精さんは妖精さんですよ」
「非現実的だ」
　己のライバルとしては余りに知的レベルが低い、と詩乃は少年と自身とに哀れみを覚えた。それで会話を切り上げる。
　デザート棚だけは目もくれず進もうとするとリートが何やら言ってきたが、詩乃はそれを無視する。芳香を漂わせる前を素知らぬ顔で通り抜けると、誘惑に打ち勝った清々しさが得られた。
　見れば、見晴らしの良い場所に白い丸テーブルの一つを陣取った先輩たちが手を振って呼んでいる。
　こんな風に昼食を採るのも、悪くない。

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