彩音さんの大冒険@緋縅さん

 中央校舎の一階。そこに設けられている救護室。
 そのドアを開けると、いくつものベットが目に入るはずだ。
 そのうちの一つ。一番奥のベットは「主専用」と呼ばれている。
「むにゃむにゃ・・・」
 その主専用ベットの中で寝返りを打った少女、彩音。
 またの名を「救護室の主」
 一日中主専用ベットの中で寝息を立て、もしもその眠りを妨げたれようものなら、彼女の不機嫌な顔と声、最悪学年トップクラスの奇跡の技を受けることになる。
 そのため、教師も不用意には起こさない。
 一応、試験ではそれなりの点数を出しているため、担当の教師も諦めた感じで接している。
 これがカイ教師だったら、また違っているのだろうが・・・。

 救護室のドアが開けられた。
 この救護室の担当であるホリィは、持っていた紅茶のカップをおく。
「リート君とイクス君、どうしたんですか?」
 救護室へと入ってきた二人の生徒。
 緑色の瞳をした、おっとりとした感じを受けるリート。
 そのリートに肩を貸している、教室長のイクス。
「リートが剣術の授業中怪我をしまして、その手当てをお願いしに・・・」
 確かにリートの右足に青いあざが出来ている。
「そんなにたいしたことないんですけどね。一人でちゃんと歩けるんですよ〜。」
 きっとイクスが、無理やり救護室までつれてきたのだろう。
 もしかすると怪我をさせたのは、イクスかもしれない。
「あれ? 彩音さんが居ませんねぇ?珍しいこともあるものです」
 のんびりとした性格があうのか、リートと彩音は仲がいい。
 リートは救護室の前を通る時は、彩音の顔を見ていく。
 後が怖いので起こしはしないのだが・・・。
 ホリィはリートの手当てをしながら、彩音が居ないということを聞き、眉をひそめた。

 救護室の主にはいくつかの伝説がある。
 その一つとして有名なのが
「主が救護室に居ない時は、どこかで問題を起こしている」

 そのころ食堂では、一人の黒髪の少女が、テーブルを一つ占拠していた。
 テーブルの上に並んでいるのは、カレーライス、カツ丼、カツカレー、カレーうどん、カルパッチョ、きりたんぽ鍋、キッシュ、きんぴらごぼう、キムチ、餃子、クリームシチュー、グラタン、クロワッサン、クレープ、ご飯、コーンスープ、コンソメスープ・・・・ect
 ・・・どうやら今日はカ行のものの中から適当に選んだらしい・・・。
 茶色の瞳は半分眠っているような感じだし、ゆっくりと噛んで食べているようにも見えるが、テーブルの上の食べ物達はあっという間に無くなっていく。
 この小柄な少女のどこに入っていくのだろうか・・・?
 もくもくと食べつづける彩音のテーブルに、深い緑色の瞳をした少年がやってきた。
「・・・よくカレーライスをおかずにご飯が食べれるな」
 手にしているトレイをわずかに空いているスペースにおき、ロアンは彩音のとなりに座った。
「・・・でも彩音のそういうところも好きだぜ」
 その言葉にも、彩音は表情ひとつ変えずに眠たそうな顔でカレーライスをおかずにご飯を食べつづけている。
 分かっていて無視しているのか、本当に気付いていないのか・・・。
「・・・彩音?」
 ロアンが名前を呼びながら、肩を叩く。
「あ・・・ロアンさぁん。おはよぉございますぅ」
 肩を叩かれ、ようやくロアンの存在に気付いた彩音はペコリと頭を下げながら、間延びした声で挨拶をする。
 どうやら本当に気付いていなかったようだ。
「おはよう、といってももう昼だけど」
「そぉいうことを気にしたらぁ、負けですよぉ?」
 彩音は左手ではスプーンを動かしながら、右手をひらひらさせる。
「まぁいいや、隣座ってもいいかい?」
 ロアンはそう聞いているが、既に食べ始めている。
「あは、いいですよぉ。でも、そういうことはぁ、座る前に言うもんですよ〜」
 カレーを食べ終え、箸に持ち替えるとカレーうどんに手を伸ばした。
「そういうことは気にしたら負けだぜ?」
 微笑みながら、ロアンが言う。
「じゃあ一勝一敗ですねぇ〜」
 カレーうどんを4口ほどで食べ終わると、彩音は箸をおき手を合わせた。
「ごちそぉさまでした〜」
 食べ終わった食器を彩音はどんどん重ねていった。
 既にその高さは頭を越えている。
 塔のように高く積まれた食器を抱え、彩音が立ち上がる。
「これ、返してきますねぇ〜」
 食器を返し、湯飲みにお茶を入れて彩音が戻ってきた。
 ロアンは定食のようなものを食べている。
 それを彩音はお茶をすすりながら眺めている。
 相変わらず眠たそうな目をしているが・・・。
「ごちそうさま、と」
 ロアンも大体食べ終え、食器を返しに立ち上がる。
「あ、ロアンさぁん」
 立ち上がり、少し歩いたところで、彩音が声をかけた。
「そのご飯、食べないのならぁ、くださぁい」

 救護室の主の伝説その2
「院内で大食い大会を開けば、多分優勝」

「はぅう・・・」
 辺りをきょろきょろと見渡す彩音。
 周りでは見たこともないような木々が、原色鮮やかな花を咲かせている。
「ま、迷ってしまいましたぁ・・・」
 温室の中で、誰にともなく呟く。
 普通に食堂から救護室に戻れば、絶対に行き着くはずのない場所である。
「困りましたねぇ・・・」
 表情は全然困ったようには見えないのだが・・・。
 ここに留まっていてもしょうがないと判断したのか、彩音は歩き始めた。
「うぅ・・・眠たいですぅ」
 一人でブツブツといいながら、しばらく歩いた頃だった。
「あれぇ・・・?ここ見たことあるような気がしますぅ」
 どうやら一周して同じ場所に戻ってきたようだ。
「デジャ・ヴって、やつですかねぇ?」
 彩音は気のせいということにして、再び歩き出した。
 しばらくして。
「はぅう・・・またですぅ・・・」
 さすがにもとの場所に戻ってきていることに気付いたようだ。
「似たような場所ってぇ、結構あるんですねぇ・・・」
 否、気付いていなかったようだ。
 またしばらくして。
「・・・・・・さすがにぃ、おかしいですねぇ・・・」
 彩音は当然のようにこの場所に戻ってきた。
「そうですぅ・・・目印をつけながらぁ、歩けばいいんですよぉ」
 ポンっと手を叩いてそういうと、ポケットからナイフを取り出した。
 そして身近にあった木のほうを向き、ナイフを構える。
 えいっという掛け声と共にナイフが振り下ろされ、木には傷跡がのこった。
 少し歩いては切る。
 少し歩いては切る。
 それを繰り返しながら、またしばらく歩いた時だった。
「あれぇ・・・? この木には既に傷がついてますねぇ・・・」
 かくして彩音は再び戻ってきた。
 少し考えると、彩音は再び歩き出した。
「今度は印が付いてるからぁ、迷いませんよぉ」
 そう言いながら、木の傷を追って歩いていく。
 しばらくして。
「あぅう・・・」
 当然、彩音はまた同じ場所へと戻ってきていた。
「何をしているんだ」
 途方にくれる彩音の背後から、声が掛けられた。
 彩音が振り返ると、そこには先ほど食堂であった少年と、同じ顔をした少年が立っていた。
「あ〜レイヴさぁん。ちょ〜どいいところにぃ〜」
 レイヴは小さくため息をついた。
「大体言いたいことは分かった。傷の後をついていっても救護室には行けないが」
「あ〜見てたんですかぁ? 先にいってくれればい〜のにぃ」
 まぁ、といってレイヴは歩き出した。
「救護室まで案内する。ついて来るといい」

 救護室の主の伝説その3
「救護室の外にはほとんどでたことがない」

「ふぁぁあ・・・眠たいですぅ・・・。」
 大きなあくびをしながら、彩音は救護室のドアを開けた。
 ふらふらと主専用と呼ばれているベットのほうへと歩いていく。
 授業中であるため、部屋の中には誰も居ない。
 彩音はそのままベットの上へと倒れこんだ。
 そして数秒後には、すやすやと寝息を立てている。

 勢いよく救護室のドアが開けられた。
「あら? カイ。どうしました?」
 少し息を切らせているカイに、ホリィが声をかける。
「彩音は居ますか?」
 カイは一番奥のベットへと既に歩いていっている。
「居ますよ? 彩音がどうかしたんですか?」
 救護室から一回居なくなったことを思い出し、ホリィは嫌な予感を感じていた。
「いや、温室の植物に傷をつけた程度です」
 一番奥のベットの前まで行くと、カイは大声で彩音の名を呼んだ。
 しかし彩音は起きない。
 もう一度カイの声が救護室に響く。
 う〜んと唸り、彩音は寝返りを打った。
 カイは黒髪の少女の掛け布団を剥ぎながら、叫ぶ。
「・・・・邪魔しないでくださぁい」
 彩音の起こした奇跡がカイを包む。
 カイの悲鳴が部屋に響いた。

 この後彩音が、さんざんカイに説教されたのは言うまでもない。

 救護室の主の伝説その4
「眠りを妨げるものには、たとえ教師であろうと容赦はしない」

緋縅さんからKOCに参加頂いた彩音嬢の紹介小説を頂きました。
強烈な個性が、他のキャラクターと自然に関わっているのが素敵です。カイ教師にすら悲鳴を上げさせる彼女は院内最強決定でしょうか。
どうも有難うございました!

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無味乾燥