願わくば@右己さん
何だか焦げ臭い。
静謐な廊下に、場違いな匂い。
リートは不思議に思い、誰かおイモでも焼いてるのかな、とこれまた場違いな見当をつけて歩みを進めた。
しかしその先で出会ったのは芋ではなく、何故か顔を真っ黒にしたうえに香ばしい香りを漂わせる、自教室の教室長であるイクス。
「イクスさん、焦げてますよ」
リートは見たままの感想を率直にぶつけた。
「ラメセスにやられた…」
無邪気な後輩の無邪気な台詞に、教室長は余計に肩を落とす。
偶然にすれ違い、だまって通り過ぎるのも何なので、挨拶代わりにたまには授業に出たらどうだとお節介をやいてみた。
それだけなのに。
奴は「うるさい」とばかりに追い払うように手を振った。ご丁寧にもその手に魔力を込めて、振ったついでに魔力を放って。
被害が服の焼け焦げと全身煤まみれになった事だけですんだのは、あくまでラメセスにとってそれが「ついで」だったことを物語っている。
「もう知らん!あんな奴…!!一人で好き勝手に生きていけばいい!!」
「無理ですよ」
珍しく激昂するイクスを、穏やかだが、きっぱりとした声が否定する。その声にハッとして、イクスは見上げてくる瞳に視線を落とした。
強い意志をたたえた優しい青緑の双眸が見返してくる。
「人は一人では生きていけません」
常のように柔らかな笑顔、柔らかな声。しかし、迷いのない力強い意思を感じさせる言葉。
「だって、人は一人で泣けるけれど、一人じゃ笑えないです」
そう言って自分に向けられた笑顔に、イクスは例えようのない暖かさを感じた。
今更のようにこの小柄な少年の持つ、何物にも代え難い大きな力に気付かされる。
微笑むだけで人を幸福な気分にさせるこの力は、なんと尊いのだろう。
あいつは…、あの孤独の見本のような男は、こんな感覚を知っているのだろうか。
この暖かさをあいつに与えてやれる人はいるのだろうか。
あいつと共に笑ってくれる友人に、あいつは、巡り合えるのだろうか。
唯一確かなことは、それが自分ではなかったという事。
未だ惜しげもなく完璧な笑顔を向けてくる後輩に、顔を洗って着替えてくる、と言い残してイクスはその場を後にした。
―――自分は無力だ。
だからただ、幸運を祈る。
かつて、自分が友になれなかった、あの男の。
かつて、自分が友になりえたかもしれない、あいつの―――
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焦げていたイクスから始まって、こんな素敵なメッセージが贈られるとは、想像もつかない事でした!
どうも有り難うございました!