I wish only your smile.@右己さん

 院においての休暇。
 日々、栄誉ある未来の院生を目指し、文武の上達に励む学生達が英気を養うための貴重な日。
 彼等は、日々の疲れを癒し、再び始まる鍛錬のために心身ともにリラックスする。休養をとることもカリキュラムの一環である。
 しかし、何時の時代にも、何処の世界でも、望むと望まないに関わらず、安息を許されない者達はいるものなのだ―――。

 ある休暇の日、ふらふらと“院”の中を当てのない散歩をしていたリートは、自教室の教室長である、イクスが歩いているのを見つけ、トコトコと駆け寄った。
「あれー、イクスさん、何処に行くんですか?」
「ああ、フォウル様に届け物があってな」
「じゃあ僕も行っていいですか? 久しぶりに刹さんにも会いたいし」 
 見る者の心を和ませる、柔らかな笑顔の後輩の同行を、イクスは快諾した。この時点で、彼のこの日の受難は決まっていたのかもしれない。
「二人そろって、何処に行くんだ?フォウル様のところ?あー、俺も暇だし、刹でもからかいに行くかな」
 次に遭遇したのはやはり二人と同じ教室の学生である、ロアン。
 どういう風の吹き回しだろうか。しかしそういう気まぐれなところが彼らしい、ともいえるかもしれない。
 かくして、即興の三人パーティは出来上がった。
 しかし、この時点では、彼らには既に平和な休日を望むことは出来ない、ということに気付いているものは未だいなかった―――。

 <迷いの森>
 非常識な空間法則を持つ、その名からもわかるように“院”内において非常に危険な場所。
 そのような非常識な場所に好き好んで住む人間は、当然、非常識な人物である。

 超自然的方向音痴のリートを抱えつつも、この後輩の扱いに慣れた二人がいたせいか、三人は無事に目的の場所、迷いの森はフォウルの家にたどり着くことができた。
 家の前まで来ると、先頭を歩いていたイクスが立ち止まり、ポツリと呟く。 
「…嫌な予感がする」
「イクスさんて、そーゆーの敏感ですねー」
「不幸慣れしてるからな」
 リートの率直な意見に、ロアンがけらけらと笑いながら相槌を打った。
 不幸な青年は、自覚があるだけに返す言葉もない。二人の意見を噛み締めながら、何時も自分の意思の介入を許してはくれない運命に従って、家に入る決心を固めた。
 と、その時
「あっ、リート! と、イクス。と、ロアン」
 声のしたほうに三人が振り向くと、そこにいるのは十歳をいくつか超えたくらいの少年の姿。艶やかな癖のない黒髪、右眼は隠されているが、深く、澄んだ光を放つ紫紺の左眼。
 彼らの目的の人物と共に暮らしている少年、刹である。
 彼の大きな瞳は、対象を好感度順に捉える習性があるようだ。ここに彼の恩人であり、保護者(飼い主と言う者もいるが)でもあり、おそらく彼にとって至上の存在、「フォウル様」が加われば、他者の存在など殆どかすんでしまうであろう事は想像に難くない。
「こんにちわ」
「よお」
「刹、フォウル様はいらっしゃるか?」
 それぞれの第一声から、少年は「フォウル様」のキーワードに反応したらしい。
「フォウル様なら、多分庭に…」
 どがうっっ!!
 まさにその時、刹の指差した方向から、大気を揺るがす振動と共に、衝突音とも爆発音とも破壊音ともとれる音が聞こえた。
「…間違いなく庭に…」
 訂正された刹の台詞を聞くまでもなく、音の発生源に「彼」がいることは明白である。
 イクスの「嫌な予感」は、否が応にも掻き立てられていった。

 刹に導かれて三人の訪問者は庭へ入った。
「? 誰もいないな」
「あれ? フォウル様ぁー」
 庭を見回して首を傾げるイクスと刹。
 庭には人の姿も先ほどの怪音の原因の痕跡もない。
「わぁっ、綺麗」
 イクス達に倣って庭を見回していたリートは、庭の花壇に目をとめた。
 リートのマイペースな口調に、刹が目をきらめかせて反応する。
「だろうっ? おれが育てたんだっ」
 リートの台詞を聞いて、嬉しそうに自慢する刹。
 イクスとロアンがそちらに目をやると、庭の一角に、かわいらしい花畑が出来ている。
 そこには子供らしく、統一性のない雑多な花が咲き乱れていたが、それが微笑ましくもあった。
「刹が作った花壇なのか。すごいじゃないか」
「センスねえな、刹」
 イクスの賞賛を打ち消す様に、馬鹿にした声を出すロアン。何故かこの男はこの少年に対して非常に大人気ない態度をとる。
 天敵ロアンに対し、何か言い返そうとしてイクスとロアンのいるほうに振り返った刹の表情が、一瞬で戦闘体制から仔犬のような無防備な笑顔へと変わったのが見て取れた。
 後ろを振り返るまでもない。この少年にこんな表情をさせる人物は一人しかいないのだから…。
「お! お前等いいとこに!」
 何故か非常に楽しげに後ろから声をかけてきた人物は、かのフォウル:オナー・ホワイトその人だった。
 彼の不吉な雰囲気を漂わす台詞に、不運な三人の訪問者のうち、一人は好奇心に目を輝かせ、一人はわざわざ此処についてきた己が行動の軽率さを呪い、一人は、改めて自分の運命を噛み締めるほかはなかった―――。

「それで、何をすればいいんですか?」
 この事態を回避することはもはや不可能と判断したイクスは、せめて被害を最小限に抑えようと協力的な態度を見せる。
「今、新しい魔法の実験中でな、助手が欲しかったんだ」
「わぁ、どんなのですか?」
 と、リートは無邪気に問い返した。
「それは見てのお楽しみってトコだな♪」
「人体実験ならお断りですよ」
「ロアン、お前俺を何だと…。まあいい、さてと、何をしてもらおうかな」
 ロアンはこっそり溜息をついた。先刻、フォウルの目の前で刹を揶揄したことは、彼を不利な状況に追い込んだに違いない。
「よおし、それじゃぁ…」 
 と、その時家の中から刹の声が響く。
「フォウル様ぁ、ソファが動かせません〜」
 フォウルがピッとリートを指差した。
「リート。お前は刹の掃除の手伝いだ」
「はぁい」
 指名されるなりリートはくるりと振り返って家の中へ駆けて行った。
 背中につきささる少々恨みがましい級友達の視線に、彼が気付いているのかいないのかは、謎である。

 リートが部屋に入ると、ソファの隣に刹が立っていた。
 ソファは、少々不自然な方向に置かれている。刹が頬を紅くして、少し息を切らせているところを見ると、彼の、精一杯の努力の成果らしい。
「むっ、むこうのテーブルは動かせたけど、このソファは大きくてしっかりしてて重いから…。」
 悔しそうな、ばつの悪そうな顔でリートを見る刹。
 この少年は確かにフォウルに頼って生きているが、ただそれに寄りかかろうとはしない。一人で歩こうとするだけでなく、大事な人を支えていこうという努力もする。それは、とても素敵なことだとリートは思う。
「それじゃぁ、二人で持ち上げましょうか」
 ソファはリート一人でも持ち上げられそうだったが、この少年のプライドを傷つけぬようにとリートは共同作業の形をとった。
 ソファは簡単に移動させられ、刹とリートは順調に掃除を続けた。
 うららかな日差し。規則的な掃除機の音。穏やかな昼下がり。
 リートは庭で行われていることはきれいすっぱり忘れて、平和な空気に浸っていた。
 っどがあぁぁっっ!!
 不意に、今度こそ紛れもない破壊音がリートの平和な気分をぶち壊した。
「フォウル様っ!?」
 その瞬間、掃除機を放り出して庭へ飛び出る刹。
 リートはとりあえず、放置された掃除機を拾い上げ、スイッチをオフにすると、刹の後を追った。
 二人はほぼ同時に庭に出たが、土煙で庭の様子はよく見えない。
 そのうちに、庭に三人が立っているのが見え、二人はホッと胸を撫で下ろした。
 その中で、一番小柄な人影が呟いた。
「や…ばい…。」
 煙が晴れてきて、リートと刹はよく目を凝らして庭を見た。
『!』
 庭に残された、あきらかに何らかの魔力による無残な傷跡。
 リートの記憶する限りでは、そこには十数分前には可愛い花壇があったはずだ。
 それを見て立ち尽くす刹に、最初に気付いたのはフォウルだった。
「刹…! あ…、こ、これは…」
 めずらしくうろたえる、フォウル。
 訊ねるまでも無く、犯人は明白である。
 隣に立っていたリートは、刹の表情を見た。
 大きなショックに彼の大きな瞳は、切なく、つらそうに潤んでいるのが確認できた。
「刹さん…。」
 その瞳の色が表すのは、怒りか、悲しみか、困惑か。
 怒るのか、泣くのか、打ちひしがれるのか。
 今にも何らかの形で感情が溢れ出しそうなこの小さな時限爆弾に、四人の男達は成す術も無く、ただ事の成り行きを見守るしかなかった。
 ―――刹が動いた。
 ゆっくりと、まっすぐにフォウルのほうに歩み寄る。
 無残な有様の花壇を見ないように、気をつけながら。
 二人の距離が段々と縮まるのに比例して、緊張した空気が密度を増す。
 フォウルの一歩手前で彼は立ち止まる。
 「フォウル様!」 
 真正面やや下方から猫目石の瞳を捉える紫紺の片瞳。
 何よりも大切な、誰よりも大好きな人を見据える彼の瞳は本当につらそうで。
 当事者フォウルまでが、固唾を飲んで見守ってしまった。
 辺りを支配する重い沈黙。
 時間が止まったかのように木々のざわめきすら聞こえない。
 その場で動くのは、ともすれば溢れ出しそうな涙を必死でこらえる刹の瞳のみ。
 しかしその瞳は目標の人物を捉えて離さない。
 刹は、何かを決心するように息を吸い込み、そのまま止める。
 ピッと人差し指を立てて、刹は小さな、しかし凛とした声を張り上げた。
 「…めっ!」
 瞬間、学生並びにフォウルの頭の中は真っ白になった。
 再び、時は流れ出し、木々はざわめきを再開する。
 しかし、彼らの周りには、あまりにも軽い静寂が訪れた―――。
 
 我が身に向けられた小さな指と、大きな瞳の震えに気付き、誰よりも早く我に帰ったのはフォウルだった。
「あー…、その、なんつーか…。俺が悪かったよ。ごめんなさい」
 頭を掻きながら、ばつが悪そうに、それでも本当にすまなそうに、フォウルは刹に謝った。そして、刹の小さな手を自分の手で包んで震えをとめてやろうとする。
「えっ! あのっ、そのっ、お、おれっ、そんなつもりで言ったんじゃ…!」
 あまりにも希少な、思いがけない彼の謝罪に恐縮して、刹は今度こそ泣きそうな顔になった。自分が何か悪いことをしたかのように、気の毒なくらいおろおろとうろたえる。
 そして学生の中にはまだ思考回路が復旧している者はいないようだ。
「違うんです! フォウル様っ! 俺は別に…!」
「腹減ったな」
「…え?」
 混乱して騒ぐ刹の台詞をフォウルは一言で遮った。
「そろそろ飯の時間だろ。戻るぞ、刹」
「…はいっ!!」
 まさに花が咲いたかのような、晴れやかな満面の笑みで刹は答えた。
 今までのことは全て記憶から消去されてしまったような、曇りの無い笑顔。
 大好きな人のために作り、大好きな人と一緒に食べる夕食のレシピで頭の中をいっぱいにして、刹は家の中へと駆けて行った。

 フォウルと刹が家の中に戻った後、庭に残された学生の中で最初に口を開いたのはリートだった。
「お腹すきましたね」
「…そーだな」
 続いて立ち直りの早いロアンが答える。
「帰りましょうか」
 至極もっともなリートの提案に、異を唱える者は当然の如く、いなかった。

 後日、迷いの森はフォウルの家。
 先日の三人の訪問者は再び非常識な人物の下を訪れていた。
 その後のことが気になると言うリートの提案に、イクスは自分の都合もあり、またここに足を踏み入れる決心をし、ロアンは賢明にもきっぱりと断ったのだが、結局リートの頼みを断りきれなかったためのパーティ再結成である。
 三人は家の主フォウルと共に、刹の淹れてくれたお茶を飲んでいる。
 その少年は、既に新しい花壇の手入れに勤しんでいた。
 イクスは一つの封筒を取り出した。
「フォウル様。ルクティ教師から渡すように頼まれた書類です」
 前回の訪問の時は、結局お使いを忘れてそのまま帰ってきてしまったのだ。
「ああ、別にいいのに。どーせ中身は白紙だろ」
「…は?」
 封筒を差し出したままのポーズでイクスは表情ごと固まる。
 やはりな、とでも言いたげなロアンの溜息が聞こえた。
「ルクに、学生一人貸してくれって言っといたんだ。ま、イクスが来るだろうとは思ってたが、まさか暇人が三人もいるとはな」
 そう言って、かけらも悪びれずにけらけらと笑うフォウル。
 間抜け面、といわれても仕方のないくらいに間の抜けた顔で、イクスはただ呆然としていた。
「フォウル様!! 薔薇に蕾がつきましたよ!」
「お! どれどれ」 
 庭から響く刹の声に、フォウルは三人の来客をほっぽって部屋を出る。
 少年の努力の成果を認めて、褒めて、頭を撫でてやるために。
 ホストにおいていかれたゲストのうちの一人が不意に口を開いた。
「そういえば、フォウル様の新しい魔法ってどんなだったんですか?」
「なんだ、気付いてなかったのか。あの非常識なお花畑、見てみろよ」
 ロアンの言葉に、リートは素直に庭に目をやった。
 破壊される前よりもさらに色とりどりに、花が咲き乱れていた。
「開花時期も生息地もバラバラだろ?」
「あ!」
 言われてみれば、コスモスやチューリップが臆面もなく並んで咲いている。
 この間破壊されたばかりなのに、この回復力もおかしい。
「おそらく、植物の成長促進及び環境適応能力の強化を目的とした魔法の改良実験だったんだろうな。」
 全てはあの少年のためだったらしい。
「じゃあ、なんで爆発するんですか?」
「実験が上手くいかなくてな」
 漸く、ショックから立ち直ったらしいイクスが答えた。
「暴発したんですか?」
「フォウル様がイライラしてぶっ放したんだ」
 と、ロアン。
「…え?」
「被害があれだけですんだのは奇跡的だな。」
 ロアンの台詞に、イクスも沈痛な面持ちで頷く。
 リートは目を丸くしたまま、無意識に、庭で微笑み合う二人に視線を向けていた。
 うららかで穏やかな日差しの中、一枚の絵のように、平和で幸福そうな二人の姿がそこにはあった。

 迷いの森はフォウル:オナー・ホワイトの家。
 この非常識な環境下で、非常識な人物に見守られながら、非常識な常識の中、少年は今日も強く、逞しく、生きている―――。

AKC公開祝いとして素敵なお話を頂きました。
親子愛に頬が緩みます。しかし何と言っても「めっ!」と言うこの一言に尽きるのではないでしょうか。可愛らしくて堪りません。
どうも有難うございました。