彼と彼女と彼の関係
図らずも彼女の探し人を見付けてしまった。
ふと見やった窓の外にあったあの方々に向かって撥ねた癖毛が、何の心構えもなしに視界に飛び込んできて、そう言えば塔へ赴く途中の道で彼女が呼んでいた名前の持ち主だと思った。
ただ、それだけ。
そのことだけで、彼は動けなくなる。
「ここは、さ」
屋根の上に寝そべり、旋毛だけ見える格好でフォウルは独り言のように呟いた。窓辺にたたずむセトナは同じように院の光景を眼下にして、ただぼんやりとした思考の中、彼の言葉を待つ。
そこに広がるのは院生や学生たちが日々を過ごす姿。
「いい眺めだな、気持ちいいし。風だけは一級品かもな」
だから好きだ、と彼がそう素直に言うのを聞くのががやけに照れ臭く思えて、セトナはその光景から視線を外した。
当代最高位の騎士“栄誉ある白”フォウルと、零教室の教室長セトナ・現人。
出会いさえ違っていれば二人が良き友であった可能性もある。しかし現実には彼らがお互いを──と言うよりもセトナがフォウルを認めることは出来ず、こうして話していても視線が交わることはない。
ウマが合わないとは、こういう関係を指すのだろう。
それとも──それとも……その存在を認めているからこそ、素直になることは出来ないのだろうか。
セトナは軽く頭を振ると低く呟いた。
「俺は嫌いだ。貴様が好きなものはなんだって嫌いなんだ」
フォウルはそうか、と笑ってセトナを振り返る。逆光になって暗く見える表情の中で、口元が持ち上がったのだけは妙にはっきりと分かった。
「じゃ、例えばオレはあれが好きなんだけど、お前は?」
持ち上げられた、それほど大きくない手が一本の指を伸ばし示したのは。
その瞬間、塔の真下から思い切り首を持ち上げ空を仰いだ琥珀色の少女が大声をあげた。
「フォウルーっ!」
ようやく探し人と対面できた彼女だ。遠目にもはっきりと分かる怒りの様子に、その対象ではないセトナの方が思わずたじろぐ。
何時だって、この二人はこんなものなのだけれど。
彼は猫のように気紛れで掴み所のない相手だから、怒るのも困惑するのも大体何時だって彼女の方で、そのことにひどく悔しい思いを彼女がしていると言うことをセトナは良く知っていて──それでも浮くにしろ沈むにしろ彼女の心を左右できるのは彼一人しかなくて。
「今行くから、動くんじゃないわよ!」
よく通る声で院中に怒声を響かせて、足音も高らかに塔の内部へと駆け込んでいく。それを笑って見送ったフォウルはやれやれと立ち上がると窓枠に手をかけた。
自然、窓から外に向かい立つセトナと向き合う形になる。
猫目石に覗き込まれ、セトナの目元がぴくりと痙攣のような動きを示した。
「……オレは」
「ん?」
呟いた声は掠れた。それに首を傾げてみせたフォウルを真っ正面から見据え、横殴りに撃ち付けた逞しい腕は窓枠をびりびりと震動させた。
「そう言うことを聞く貴様が大嫌いだっ」
思い切りそう言ってやった瞬間フォウルが会心の笑みを浮かべたのも、彼にとっては気に食わないことだった。
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