ゆめみるひと

 フォウルはよく眠る。
 影たる男は変わらぬ表情の奥でそんな純粋な感想を抱き、当代最高位の騎士、対たる“白”──その名を思い浮かべるのが憚られるほど気の抜けた寝顔を見下ろした。
 生来さほど眠りを必要とせず、また眠りそのものも浅い彼にとっては驚くべきことだった。いや、フォウルとて条件は等しい筈だ。
 気を許すに足ると信用されているのだろうか。それとも試されているのか。
 光源を失った室内に安定したリズムで繰り返される寝息。仰向けに転がる弛緩しきった身体。時折意味もなく宙を掻く動作をしたり、何か寝言を呟いたりする。
 危害を加えたいわけではなく、むしろ唯一与えられた居場所として守り抜く心積もりは既に固まっていた。だが闇の中でも衰えぬ瞳が急所を探すのは性分だ。
 動く碧の視線の中で、寝乱れ額に貼り付いた前髪が眼に付いた。手が、伸びる。
「なぁ、ルク」
 眠っていた身体が一瞬にして覚醒し、伸ばしかけていたルクティの手首を宙で握り締めていた。反応速度より早く予想外の力で引き寄せられ、寝台の上に乗り上げる。その拍子に身長差の関係で膝を打ち、ルクティは微かにじんと残る痛みを感じた。
 陽の下では蒼天を受けて深く青く見える瞳が、闇にあっては黄味を帯び、薄暗い世界の中でそこだけがくり抜かれ爛と輝いて、ルクティの乏しい表情を移していた。そのせいだろうか、常ならば子供のように感情を顕わにしてみせる彼だと言うのに、今はなにを考えているのかまるで分からなかった。
 理解出来ると、そう思っていること自体が奢りかも知れなかった。
「なぁ」
 もう一度呼び掛けて、フォウルは首を傾げた。シーツの上に三毛が散らばる。
「お前は夢を見るのか?」
 ルクティの場合、浅い眠りを繰り返していると言う自覚がある以上、理論的には常に夢を見ている筈だった。しかし余り覚えはない。
 結局応えは返せず、フォウルは目を眇めたが、それが彼の不興を表しているわけではなかった。
「夢は、手で掴めないな」
 口にされたのは、至極当然のことだ。しかし比類なき“白”として、思い描いた夢を形にする力を持つ筈の彼がそれを改めて言う意味を、ルクティはよく知っていた。
 責なのだろう。これは。
 闇の中フォウルが天に向けて手を伸ばすと、そこから光が零れ落ちるようにも見えた。
「本当に欲しいものは、この手で掴むしかないんだろうな」
 彼ならばきっと掴み取るだろう。それは誰もが信じていることだった。
 だが──続けて鮮やかな一瞥が与えられる。
「お前も一緒に見るだろう?」
 その言葉に嗚呼と胸が高まった。
 ルクティが断ることなど有り得ないと信じている、傲慢な言葉。だが彼と共に夢を手にする、微睡みのような一生も悪くあるまい、とルクティは静かに首肯した。