明日が掴めなくて

 それは何の変哲もない院らしい日で、分かり切っていたそれに嘆息する。
 どんな特別の日でも普通一日の時間は変わらないし、特別変わった出来事が起こるわけではない。制御された閉鎖空間では、天候によって吉凶を案ずると言った風情もない。
 だから時々変えてしまおうと思い立つのだが、それすらも虚しい足掻きでしかなく。
 試みに仰いだ空は何処までも青く、障害物に遮られることもなくそのまま世界の果てまで見渡せるようであった。
 たぶんきっと。
 その色が、彼を攫っていく。

「──フォウル」
 立ち止まった彼を振り返り、声が掛けられる。それは彼の中で繰り返される一連の思索の延長であるのか、囁きに似て聞こえた。
 フォウルは軽く首肯して再び後に続く。落ち着きなく撥ねた髪が、空の青を振り払った。

 その話は知っていた。
 見ない振りをしていた彼の髪は、いつしか元の色を誰も思い出せないくらい青く染められていたから。
 一度は押し止められた時が、今は確実に流れていた。
 つまらない結末だった。
 彼が永遠を望まなかった、それだけの事。

『そりゃ……お前、自分だって死ぬ方が楽そうだと思っているだろう?』
 ああそうだろう、その通りだ。
 苛々としてフォウルは指の先を齧った。

 それでも、自分は生き抜いてやる。生きる痛みにのたうつ事があろうとも、残されたそれだけは放すまい。
 何かを棄てることで漸く得られる物なんて、否定してやる。
 ……棄てることで得られるならば、とっくに棄てていた。

 過去だけが積み重なり、明日がすり減っていく毎日なんだよと言った。
 そんなものは──
「正直、分からないな」
 唐突に吐き出された言葉に、彼はただ頷いた。

「オレにとっては」
「連続する今があるだけだ」

「ああ、だが」
「明日はきっとお前の手に入るだろう」

 代わり映えのしない一日は嫌いだ。昨日と明日の区別が付かなくなるから。
 それでも永遠はありはしなくて、誰だって自分を置いていってしまうくせに。
 再度仰いだ空は何処までも青く、障害物に遮られることもなくそのまま世界の果てまで見渡せるようなその色。
 たぶんきっと。
 その色が、彼を攫っていく。

 フォウルが叫んだ。その言葉を、彼は聞こえない振りをした。