ハンバーグに誘われて

 ペク教室は大概にして、騒々しい。
 そう一括りに断じられてしまう理由が今期から同教室に所属した少年たちに所以するとは、誰でも想像できる事である。
 現に彼らは今も授業が切り上げられた途端に立ち上がると、必要以上に大きな声で話し合っている。聞こえてくる内容はこれからグラウンドへ行って何をしようかと、そんな他愛ない事。毎日毎日、よく厭きないものだ。
 後輩達を暫し眺め、アイヴィBはふと微かな笑みを頬に乗せた。
 そうこうする内に話が決まったのか、二人はアイヴィの前を通って外へ出ようとする。
「ハーツェン」
 呼び掛けに応える形で勢いよく、四つの瞳──真ん中で黒と薄茶に分かれている──がアイヴィに向けられた。
「先輩、オレはハチェットです」
「それでウーツェンはウーツェンなのだ」
 それぞれが少しばかりの非難と諦めを眼に宿らせて口答えしてくる。
 そう言えばそうだったか、と言う程度に頷いて、アイヴィは蔦の絡まった髪を揺らした。当然、どちらがハチェットでどちらがウーツェンかは頭に入っていない。
 これは殊更アイヴィの記憶力が劣っている訳でない。むしろ暗記科目は得意なのだが、如何せん人型の顔を見分けると言う能力が彼女の種族に備わっていないのだ。自然、その人独特の雰囲気で区別しようとするのだが、ハチェットとウーツェンがどこか似通っている上に大抵二人で行動している──ようにアイヴィは思っている──為、それも困難だった。
「それはどうでも良いけど、貴方たち、お昼の予定はある?」
 唐突な質問に、二人は目を瞬かせる。それから顔を向かい合わせにしてお互いに確認し合うと再びアイヴィに向き直った。似ていない二人だが、こういう部分はまるで兄弟かなにかのように通じ合っている。
「一ゲームして、それから昼飯です。人数が集まればバスケかな」
 一緒に運動でもしますか、と期待に満ちた眼差しで見つめられた事で、アイヴィは誤解を与えた事に気付いた。
「ああ、そうじゃなくて昼ご飯をどうするか予定があるか、だったのだけど。なければ新しいハンバーグの試食をして貰えない?」
 作り方はリカに教わったのものの、自分一人が食べる為に作るのも味気なし、折角ならば他人の意見を聞いてみたいと思っていたのだ。ハンバーグ、と言う単語を聞いてハチェットの瞳が輝いた事には首を傾げつつ、是非を問う。
 その瞬間、ハチェットは了解だとばかりに爽やかな笑みを見せつつ大きく右手の親指を立て、ウーツェンは引き付けを起こした子供のように激しく首を振るという正反対の動作がアイヴィの面前で行われた。
「なに! ハンバーグを見逃すのか?」
 運命の友が同意しなかった事に激しく驚いた様子で、ハチェットの黒髪が動く。
 ウーツェンはどこか青褪めいるようにすら見える表情で、親友と先輩を見比べると犬のように首を竦めて身震いした。
「ハチェット、た、食べるのだな?」
「何と言ってもハンバーグ帝王だからな!」
 余人にとっては分かるような分からないような答えであるが、ウーツェンは素直に感心したらしい。決意の表情を見せると、それならば自分も同行しようと誓った──その声はどこか震えていたが。
「それなら準備をするから、一ゲーム終わったら寮においで」
 言われ、それがスイッチであったのか少年二人はグラウンドへ飛ぶように向かった。アイヴィもまた早々に荷物を纏めると教室を辞す。そうであったゆえ、その後教室に残された者たちが深い溜息や祈りの言葉を捧げたことを三人は知ることがなかった。

 蛇足までにこの頃の記録を紐解くと、アイヴィBは院史上まれに見る味音痴であったと記されている。そして在学中に付いた輝かしき渾名は、地獄の料理人、暗殺料理、殺人シェフ……。
 ──合掌。