小さな神々

 寒い。
 奥歯が小刻みに震えてカタカタと耳障りな音を頭の中に鳴り響かせた。
 天井近くの小さな窓から差し込む真っ白い明かりを避けるように、その子供は部屋の隅に身体を押しつけ息を潜めていた。
 まだ幼児と言ってもいい。
 闇の中に浮かび上がるやせ細った手足。その貧弱な身体に薄汚れたぼろ布を必死に巻き付けて、紫色の双眸だけが大きく見開いたまま。
 この気候では眼が乾く筈なのに、瞬いたその瞳からは水滴が零れ落ちた。

「泣いているのはお前か」

 少し経ってから、子供はその言葉が自分に向けられたものだと気が付いた。
 緩慢な動作で視線だけが持ち上がり、頼りない表情が正面を向く。その拍子に、凍える手をきつく握っていた力がゆるりと抜けた。
 白い明かりの下に、白い光に包まれたひとが立っていた。光の中で、不思議な色合いの瞳が一層輝き煌めく。
 堅く施錠されたこの部屋の中だというのに何処から現れたのか。その疑問が子供の頭に浮かばなかったのは、そのひとが当然のような顔をしてそこにいたからだ。
 普通の表情で。
 極当たり前の口調で。

「泣くなよ。泣き止まないとオレも泣く」

 何故だろう。
 言われたそれは随分と勝手なことのはずなのに、胸に暖かく響いた。

 子供のものより倍は大きな手が差し伸ばされる。
 抱き寄せられた拍子に感じたのは忘れかけていた温もり。とん、と胸に額を押し当てて見れば伝わる規則正しい心臓の音。
 求め返しても良いのかもしれない。そう思ったのは、その時だ。
 子供は瞳を見開くと、強張った指を開いて怖ず怖ずと腕を回して抱き付いた。最初は添える程度だったそれが、次第に力を込め小さな手で痛いほど掴む。けれどもそのひとはそれを振り解くことはせず、ただ子供を抱き締め背を撫ぜた。
 丸まった小さな背中が上下にさすられる度にその紫紺の瞳からは大粒の涙が一粒ずつ零れ落ちて、足下にささやかな池を形作った。

「一緒にいこう。
 お前に忍び寄る悲しみは、全部オレが吹き飛ばしてやるから」

 これより永久に、その約束は生き始める。