千の歴史、万の想い

 誰にだって、思い出深い名前と言うものはあるだろう。

 カイ・ハザードと現在は呼ばれている彼がその名に視線を留めたのは、つまりそう言うわけだった。
 ──シィン・アブロード。
 それは過去同じ理想に肩を並べた最も古い友人と同じ名だった。
 それから視線を転じ、彼が自身の出身と同じ世界からスカウトされている事を確認したカイは、改めて言葉をなくした。
 名前自体はそんなに目新しいものでない。特に自分がかの世界を去った後には、英雄たる彼等の名にあやかって名付けられた子供も多いと聞く。
 けれどもこの姓で、その名を付ける。
 それが意味する事はかの地では一つしかない。カイは神経が苛々と尖るのを宥めながら書類を捲った。スカウト達が送ってきた資料だ。どうやってこれだけの者を世界の意思に沿って選び出し、またこれらのデータを入手していると言うのか、彼らの仕事ぶりには常々感心させられていたが、それを大きく実らせるも無に帰すのも自分たち教鞭を執る任に就いた者次第であると言う事実にカイは酷く──己の立場としては過った事なのだが酷く理不尽を感じないでもなかった。
 目当ての少年は次のページだ。
 一定のリズム感で動かされていた指が、一瞬淀む。

 似ていない。

 突き付けられた単純な事実に思わず自失して、それから無性に笑い声をあげたい気分になった。恐らく仲間達に知られれば驚かれるのだろうが、生涯に三回くらいは自身の事でありながら大層滑稽だと言う感想しか持てない事もあるだろう。
 自分は、なにを期待していたと言うのだろう。
 くだらない結末にカイは苦い笑みを零すしかなかった。
 直系の子孫が先祖に似ている等という話は幻想に過ぎない。元々男子は母親の血が色濃く出ると言われているのだ。その上ベルフィ人の特徴を凝縮したような友人と違って、この二次元で表現された少年には随分と多国籍な血が流れているようだった。似ていないのは当然だ。
 自分が過ごしてきた年月から数えれば曾孫くらいの世代なのだろうが、その間にどれだけの歴史が動いたか、友人たちと共に望んだ社会がどのように発展し、或いは滅んだのか。知るまいとして自戒してきたカイには想像しか出来ない。
 ただ確実に言えるのは。
 例え千の歴史が過ぎ去ろうとも、この友の名は万の想いを込めて呼ばずにいられないと言う事実。