Twins・ジンジャー君の場合

「最近なんか良いことあったか?」
「猫が子供を産んだよ」
「子猫ねぇ。オレはどっちかって言うと“仔猫ちゃん”の方がいいなぁ」
「……好きにすれば?」
 ああ、何だってこんな無意味にお喋りで多干渉な奴と同室なんだろう。
 さっきから進まない宿題を前に、オレは苛ついていた。

 オレはジンジャー。
 よりによってこいつと同期に入学したせいで、寮は同室になっている。
 早く上級生になって一人部屋を手に入れないと、おちおち勉強も出来やしない。
 いや、そもそもオレは他人に関わられるのが大嫌いなんだ。

「昨日今日、アーデリカさんに会ったか?」
「いや」
「やっぱりな」
 何が?
 そう聞き返すのは億劫で、でも何の話なのか、気にならなかった訳でもなく。
 どうしてこういう時だけ黙るんだよ。
 思わせ振りだったり自己満足だったりするこいつの態度にはいい加減頭に来てるんだ。

 トントン。がちゃり。
「──ロアン君」
 こいつ、また鍵を掛けなかったのか。
 交友関係の派手な同室者のせいで、この部屋はひっきりなしに誰かがやってくる。
 ちらりと扉を見やると、黒髪を垂らした美人が書類を持ってきたらしい。
「これ、今度の広報。ところで弟君と喧嘩した? 彼の機嫌が悪かったんだけど」
「ん? 喧嘩なんかするわけないだろ。オレとあいつの仲で」
 よく言うよ。
 喧嘩をしないんじゃなくて、喧嘩にすらならないだけだ。

「心配するなよ、エファ……でも、そーゆーとこ好きだぜ」
 最悪だ。
 こいつの台詞には大抵このフレーズが付く。
 ちっとも本気じゃないって、皆に言い触らしているようなもんだ。

 案の定、彼女は奴を軽く小突くと去って行った。
 それから、また鍵を掛けずに行儀悪く床に座り込んで受け取った紙を捲る姿を見ていて、オレは無性に苛々してきた。
「で、喧嘩したの?」
「誰と?」
 こいつは話の流れを分かっていて混ぜっ返す癖がある。
 流石に一緒に生活していると、そういうところも予測の範疇だ。……絶対に好きにはなれないけど。
「お前の大好きな弟だよ」
「──オレとあいつで喧嘩してたら、オレの味方になってくれる?」
 味方なんて欲しくないくせに。

 オレから話しかけるなんて滅多にないことだが、そんなオレ達の会話の中でも、最近分かったことがある。
 まず、こいつの思考回路の中では、きっぱりと優先事項が分けられている。
 第一に自分自身と双子の弟のことだ。人好きのする笑顔なんかには騙されない。こいつは自分と弟さえ良ければそれで十分な、完璧なナルシストだ。
 そして、中でも弟のことを偏愛しているのが窺える。
 だからこいつと弟の間に喧嘩なんか成立しない。いくら弟がこいつに反発しても、こいつは先に全部許容しているのだから。
 反吐が出るほどの自己満足だ。

 取り敢えず返す言葉がなくなったなんて思われたくないから、返事だけしておこう。
「お前の味方なんか死んでもしない」
「あはは、良かった」
 オレの言ったことに、また妙なことを言い返す。
「その調子でさ、オレのこと馬鹿にして、嫌いでいてよ」
「お前何言って……」
「そのことが、あいつの味方になるから」

 ああ、こいつは本当に馬鹿だな。
 あの出来のいい弟と同じ顔で、こんなに馬鹿な台詞を言われると、オレは何も言えなくなってしまう。
 だって、だって──こいつは憎まれ役を演じる裏で、こんなに泣いてるんだ。
「ありがと。ジンジャー……」
 そんなこと言われたら、オレ照れるだろ……。

 こいつにこんなに思われて、こいつの弟はなんて幸運な奴なんだろう。
 女の子の耳元で囁く幾億の「好きだよ」。
 本当はたった一人にだけ伝えたい言葉を、持ってるくせに。

「──あ、オレ出てくる」
 ふいにそれまでの雰囲気をぶち壊すタイミングで、こいつは腰を上げやがった。
「門限までに帰れないから、代返と窓開け宜しくな」
「は?」
「ちょっと女子寮お呼びかかってるんだ。ハニィから」
 ぶっ。
「……ロアン。君、帰って来ないでいいよ。永遠に」
 ちくしょう。あんな奴を一瞬でもいい奴だと思ったオレが阿呆だった。
 ああ、今日は宿題も進まないし、最悪だ。

 当然、代返も窓開けも、奴の頼みはすべて黙殺した。