God's Favorite

 容赦ない音を立てて、本棚の中身がひっくり返された。
 盛大に巻き起こった埃を吸い込んだ刹が苦しそうな咳をすると、フォウルは慌てて刹の方を向き直り、その拍子に足に当たった物を取り上げ、あれ、と声を上げた。
「お前まだこれ持ってたのか?」
 そう言って持ち上げたのは、端々が折れ曲がって全体的にくたびれた感じのする一冊の本。
 ばらりと捲られたこの本には見覚えがある。
 刹が、今よりももっと幼くて一人で寝付けなかったころ、フォウルが傍らで読んで聞かせた物語だ。
「あんま、子供向きの本じゃなかったよなぁ」
 刹は今更ながら反省しているフォウルの手からそれを取り上げて、胸に抱え込んだ。
「……おれ、フォウル様から頂いたものは、全部宝物です」
 だからとってあるのだと言外に伝え、刹は上目遣いにフォウルを見やった。
 ──年々この視線の差が縮まっていることに、刹は気付いている。
「そっか」
 対してフォウルはにこやかに笑うと、その手で刹の頭を撫でた。
 ──かつては誰よりも大きな手だと思えたそれが、自分のものより一、二周り大きいだけだということにも、刹は最近気が付いた。
「じゃぁ片付けるにしても、捨てられる物はこの部屋には何にもなさそうだな。……宝物じゃ、捨てられないもんな」
 当初はリートを部屋に泊めようと思って、簡易寝台を一つ置けないかと片付けをする心積もりだったのだが、この調子では無理に違いない。
 どちらかと言えば几帳面な性格をしている刹だが、どれもこれも思い出の品が多すぎて、ついとっておいてしまうのだ。いかに片付けの名手であっても、部屋の絶対的な許容量を超えた荷物は、ただ整然と積み上げられていくだけになる。
 取りあえずオレの部屋に二人入れるか、荷物を一時的に持って行って……と呟くフォウルの上着の裾を握ると、しょうがないな、と笑われた。
「申し訳ない、とかお前思ってるかもしれないけど」
 猫のような瞳が、すっと優しさを湛えて綻んだ。
「お前が、オレの宝物なんだぜ」

 ああ、神様。
 もう少しこの人の子供でいさせて下さい。