声がした。
 微かに鼓膜を震わせた言葉の意味を理解するより早く、イグゼフォム・カルバニルは反射的に顔を向け、そこにあったものにたじろいだ。
 非の打ち所のない微笑みの中、白磁のように滑らかな肌に浮かぶ星空のような大きな瞳だけが、微動だにせず自分を見据えている。
 時々、この眼は何処まで奥深いのか分からなくて不安になる。
 対する少年は一度ゆっくり瞼を下ろすと首を傾げ、心地よい音楽でも流れるような声音で語った。拍子に、少し癖のある漆黒の髪が肩上で揺れた。
「僕、未だ助けられると思うんです」
 何度目かに繰り返される同じ反論に、そっと沈痛な溜息を吐く。
「神法の使用は禁止。実習の前に何度も約束した筈だ」
「じゃあ“院”の救護チームを呼んで下さい」
「この世界の人間との直接的接触は禁じられている。“院”の技術で救出することは許されていない」
 幾つかの、実習に当たる前にも告げた筈の規則が、今は胸に重くのし掛かる。
 少年は常と変わらぬ笑みだけは保ったまま、憔悴した表情を地面に向けると小さく呟いた。
「でも、助かる人を見殺しに出来ないんです」
 その気持ちが、決してイクスに欠けている訳ではない。寧ろ叶うことならば、自分の知りうる限りの技を持って彼らを救ってやりたいのだ。
 しかしそれを言い出してしまえば、院の規律は守れない。
「俺達に出来るのは原因を捕獲し、災害の拡散を防ぐ事だ。──リート、俺達はその為に来たんだ」
 言い換えるならば、それ以上の事はしてはならない。
 そう弁するイクスとて初の実習の折には、リートと同じことを叫んだ。何故目の前で消えて逝く命を助けることが許されないのか。その結果学んだことは、“院”とて“世界の意志”には逆らうことが出来ない、その絶対の法則だった。
 リートはじっと項垂れ、涙を流す代わりに張り付いた笑みを微かに歪めた。