あなたたちの陰で

 理解出来なくはない。だからこそ問題なのだ。
 二人の学生を前にして、キハラス・ベーギュウムは重苦しい息を吐き出した。
 ──実習は成功した。
 歪みは痕跡なく消し去られた。
 起こるはずだった大災害は食い止められ、世界は平穏な時を貪った。
 人々の生活は何も変わらなかった。
 だから、彼女たちの密かにして多大な努力も、流された血も、知るはずもない。
 知るものがあっては、ならないのだ……。

「人の評価が嫌になるって?」
「事故を未然に防いだことに対して殆ど評価が与えられない、という話だな」
「そういうもんか」
「英雄と言うのは、混乱を鎮めた者だろう?」
「もしくは更なる混乱を起こした奴、かもな」
「ああ……そうかもしれないな」
「──なぁサイファ」
「ん?」
「今、フォウルのこと考えただろ」

 しかし。
「ぼく達が守った世界は、醜かった」
 どうして、こんな世界を存続させなければならなかったのか。その為に相棒が傷付かなければならなかったのか。
 貧民窟の有様。選別民と自惚れる人々の罵声。投げ付けられた、石。
 俯いたはるかに、部屋の中が静まりかえる。

「先輩。なして学生には実習があるんやろ」
「どうしてって、どうして?」
「辛い事も多いし、院生はんと同じ働きを求められたって出来っこないちゅーに」
「う〜ん、じゃ、別に院生に全部任務として任せちゃえば良いと思う?」
「だってぼくら、実習の度に悩んでばっかや」
「でも実習がなかったら、院生になって初めて任務受けて、大変だろうね」
「そうやな、エライやろ」
「実習をして、一杯苦しんで、それでも世界の輪を繋ごうと思った人が、院生になるんじゃない?」

「勘違いするな」
 ふいに。決して語気は強くなかったが確かな曲がらぬ意志を持つ言霊が発せられた。
「俺たちは神ではない」
 かの人々も、院のものも、生きとし生けるものは皆同じだ。愚かで、醜くて、沢山の間違いを犯して──それが、自分たちだ。
 正しいことをしているのだと、何時も彼は言う。だから自信を持てと。
 だがその“正しいこと”を決めるのは誰でもない──世界の意志。自分たちは、その世界があってはならない理由で崩壊しない為に手を貸すだけ。
 劉の後を継いで、シュウが微笑みを浮かべた。
「それに──お前たちは、英雄になることより平安が続くことを願ったんだろ」
 もしも大災害が実際に起こっていれば。その結果は、院の情報局が何通りもシミュレートした通りだ。
 今も搾取される弱い者から、死に絶える。
 命より大切なものを、自分たちは知らない。実習に就く前、そう二人は言った。
「それなら、それは果たせてるじゃないか」

「今生きている人々の存在が、お前たちへの報酬だ」

 はるかが、じっと座り込んだままの姿勢で微かに頷いた。その頬を伝うものがあるのに気付き、シュウがハンカチを渡す。
「……気障」
 部屋の奥で、ユ=ノが小さく呟いた。
 だが誰も、それに応えるものはなかった。