リカルド教師のとある呟き

 イクスが漸く安らかな眠りに就いた頃、叩き起こされた教師が一人。
 こんな時間に、と不機嫌に出迎えたリカルドに、こちらこそ不機嫌の絶頂と言わんばかりの態度で突き出されたのは、昼頃脱走が露呈した夢魔──所謂ナイトメアと言う悪魔だった。
 ミイラのような姿で手元に残されたそれに、随分と手荒な仕打ちを受けたなぁと慰めの言葉を書けてやる。
「これにて事件は一件落着、か……」
 大抵事件は一件につき二件三件以上の波紋を広げるものだが、リカルドは自分の直接的責任を問われる事件だけは収拾がついたと言う点で満足出来るものだった。常に四件は事件を抱えている迷惑な騎士に比べれば、未だ良心的だろう、と自画自賛もする。
 リカルドが事件の『隠蔽』を行った最大の理由は、教え子でもあった“文”の教師カイ・ハザードの訓告を恐れている為で、決して良心の呵責に苛まれた為ではないのだが。
「それにしてもなぁ」
 取り留めなく溢れ出る呟きが部屋のあちこちに巣くう精霊たちに届く。
「お前、取り憑く相手を間違ったぞ」
 頬に描かれた紋様を指先でなぞりながら、夢魔に笑いかける。ふとその指先がざらりとした感触に気付き、剃らないとホリィに嫌われるな、とぼやく。
 リカルドのこの部屋は全体に呪符が敷かれており、堅牢な結界を作り出している。夢魔にとっては、この場に存在するだけで力が奪われていくようなものだろう。
 あの悪友フォウルが秘伝を教えろとせがむ、リカルド特有の緻密な結界だ。
 その成果を細めた眼で眺めながら、更に効果的な強化法を考える。それがリカルドの独り語ちる姿勢だった。
「あいつ、不運ではあるけど不幸じゃないからな」
 自らをそう思わない限り、人は決して不幸ではないのだ。
 恐らくあの青年は、幸せなことだろう。

 一時はどうなることかと青ざめさせられた夢魔も捕まった。
 今晩はいい夢を見られそうだと思ったリカルドだったが、明朝早くにフォウルが常日頃の新術開発合戦へ新兵器「掛けた鍵無効くん」を引き下げて襲来し、対決に夢中になっている内に夢魔を逃がし、挙げ句カイ教師に発見され隠蔽工作も含めて二重に説教を受けることなど──
 今は知る由もない。