君たちへ伝えること

「真面目だな、カイは」
 一日の授業が終わってなお、一時とて自らが休むことを許さぬその人の姿を視界の隅に納め、リカルド=D・ナリスは目尻に深い皺を刻んだ。
 授業の度に実施している小テストを採点し、その答えから全体的に理解が足りない点を弾き出し、次の授業の準備とする。一つや二つの講義を担当している訳ではないのに、カイはその方法を止めようとしない。
 彼は本質的に優しいのだ。
 だから人の足りない部分まで自分で補ってやろうとしてしまう。
「それじゃリカルド教師は、不真面目なのか」
 道理で、ずいぶんと暇そうなことで。
 コーヒーを淹れてきた“武”の教師キハラス・ベーギュウムが、リカルドの隣の席を牽いて腰を下ろした。
 その座席は、この時間帯には救護室に詰めていて教員棟に顔を出せないホリィのもので、キハラスの手にしたコーヒーは酷く不釣り合いだった。そこから発せられる少しきつい匂いにリカルドは少し榛の眼を細める。
「不真面目ってのは何だ。私はやることはやってるぞ」
 カイがやりすぎなんだ。と少し拗ねた顔をしてみせる。大の大人がする顔か、と問われればそうではなかったが。
 実際、カイの執り行う授業はどれも密度が濃く、課題数も半端ではないため学生たちには倦厭されがちだ。
「リカルド教師の授業は楽だと、うちの一年生が喜んでる」
「しょうがないな、スィフィルは」
 どこか困った顔をして、二人は顔を見合わせた。
「授業だけで満足しているやつは伸びないだろ」
 リカルドは必要最低限の理論知識しか教えていない。それだけに一見簡単であるが、実際のところ自らがそれを利用するには足りず、授業外での理解が求められる。
 否──それが、カイ以外の教師のやり方なのだ。
 こうして向上心が薄い学生は密かにふるい落とされ、将来的に大変な目に遭う。自ら教えを請い、学ぶ者でなければ上級生までも残れないのだ。
「お前のとこだって、そう思うだろ?」
 カイのような厳しくとも優しい真似は、してないだろう?
「リカルド教師ほどじゃないが。自分から切り込んでこない学生に教える内容はないな」
 只、実習等で命に関わる部分もあるだろうから、その辺りは生き延びられる程度まで面倒を見る。そこから先はいくら授業を行っても、実際には足りないのだ。
「私も、別に学生のためにやっているわけではないが」
 話は聞こえていたのか、向かいの席で仕事に向かっていたカイがふと目を上げた。
 自分のやり方も最善というにはほど遠いことを認識している、と。
「ただスカウト達の見込みを無にしたくないだけだ」
 院で学ぶのに相応しいと何処かしらの才覚を嗅ぎ取った、彼らの常の働きに報いるためにはそれを可能な限り発見し、伸ばしてやることではないか。
 そこまで背負ってしまうカイの性格に、学生時代から変わらないなぁとリカルドは苦く笑った。
 そういうカイ自身は学生の時、毎日戦争でも挑むような準備をして授業に臨み、少しでも疑問に思った部分は授業後に質問責めにしてくると、教師たちに微笑ましくとも畏れられていたのだが。
 人には限界がある。
 だからこちらから手を伸ばしてやるのは最低限。それ以上はこちらに向かってこなければ。
 キハラスがホリィ教師の机に置いたままだったコーヒーカップを持ち上げ、縁に口を付けた。ふいに、部屋の扉を叩く振動で水面が揺れる。
「──リカルド教師」
 と呼びかけながら扉を開けたのは、今期からルクティ教室に移動させられたレイヴ。
「本日の講義で気になる点が──」
 図書館から借り出してきたらしい資料を広げた学生の姿に、三人の視線が宙で交じり合い、一人はまた淡々と職務に戻り、残された二人は他の者に分からないよう微かに笑い合った。
 そちらから向かって来るならば、幾らでも相手になってやろうと言うものだ。