A Double Bird

 焦がれたは、光を抱いたまま変わらずそこに在る。

 脳内で掻き鳴らされる警鐘に、ラメセスは疾うに気付いていた。気付いていて、それでも、このアタタカイものに手を伸ばさずにいられなかったのだ。
 叶えられるものならば。
 この温もりよ、消えずにいてくれ。

「詩乃」
 その呼び掛けに、向かいの席の彼がふと動きを止めた。それを何でもないとやり過ごすには、常の所作が流麗に過ぎるのだ。
 どうしたのかと視線で問えば、い珠のような双眸をやや上目遣いにしてラメセスを伺う。
 まるで、睨むような。
 彼は暫く、訝しげな表情を崩そうとしなかった。
 ラメセスの方から話しかける事は稀であるから、自然、会話が途絶える。
「今、私の名を呼んだな」
 漸く口を開いた詩乃の台詞に、今度はラメセスが表情を動かした。頬が微かではあるが強張り、引き結んだ唇の端に緊張に似た力が込められる。
 それに気付いているのかいないのか、詩乃はもう一度同じことを指摘した。
「お前は最近、私の名を呼ぶ」
 不機嫌な方向へと気分が下降していくのを、ラメセスははっきりと自覚した。
「……前と変わらない」
 少なくとも、意図的に行っている事ではないのだ。忌まわしい事に。
 これ以上続けるなと警告の意味を持って低く発せられた言葉を、しかし詩乃は何時も通り無視した。
 彼の不注意振りの方が余程手に負えない。
「いや、ここ最近の傾向だ」
 何故だ、と重ねて尋ねてくる詩乃に、無意識の産物に意味などあるものかと悪態を吐こうとして、不意に。
 恐ろしかったのだ。
 そんな言葉が浮かんだ。
 それは言ってしまえば──彼が詩乃 ヴァレス 王蘭で、自分がラメセス・シュリーヴィジャヤであること。
 その当たり前の事実を認めることが。
 それはつまり、張り巡らされた黒い糸に捕まることだ。
 蝶の標本のように、哀れに。
 詩乃本人ですら知りはしないのだろう、彼が白き候補である理由。そのことを理屈ではなく本能で嗅ぎ付けたからこそ、近付くわけにはいかないと、警鐘が知らせていた。
 己を塗り替えるだろう存在に恐れを抱いた。
 それでいて、詩乃がその手に握って生まれた光に魅せられた。かつて確かに自分の道を照らしていたものと同じ、その清冽な光に。

 どちらに転んでも、き天魔と呼ばれた存在は消える。
 白か、黒か。
 それでも。

「お前は、アタタカイからな」
 これ以上の理由はないのだといった風に言い切ったラメセスに、詩乃は意味が分からないと零した。


 共にあれ。
 先など分からなくとも、せめて、互いの胸に鳥が羽ばたいている間は。