Brilliant Garden
日の射し込まぬ大樹の下で、光を見付けるとは思わなかった。
休日の過ごし方は人それぞれだ。
ここぞとばかりに遊び呆ける者、図書館に籠もる者、何者にも邪魔されず眠る者、常と変わらぬ生活を維持する者──
彼を分類するならば、最後の類になるだろう。但し彼の場合は休日だと言う事実を捉えていないと言うのが正確だ。己の気が向いた時に気が向いた事のみをして過ごしている彼にとって、日を数えると言うのは意味がない。
だから、この日ラメセス・シュリーヴィジャヤが休日に気付いたのは偶然の産物だった。
何カ所か存在する隠れ場。西校舎の裏にある大樹は、散歩道からも外れており敢えて赴く用事がある場ですらなく、ここ最近ラメセスの指定席として役立っていたのだが、そこに。
かの白金の髪の持ち主が座っていたから。
太い樹に背をもたれ、投げ出された膝上で本が風に捲られている。一見眠っているような姿勢で、彼は頭上を覆う葉に遮られがちな空を見上げていた。
もっとも上方を見ているのではなく、空を見ているのだと断じた理由は、自分でも良く分からない。
まともに話をしたのは先達ての一度きりしかなかったが、あれから詩乃 ヴァレス 王蘭は声をかけてくるようになっていた。
それはすれ違いざまの挨拶であったり他愛ないことで、ラメセスが返事を返す事も稀だったが、その程度の、友人とも明言出来ない関係はしがらみを嫌う彼にとってむしろ望ましいと、そう思えた。
それでいて気が付けば視界の端でこの髪を追っていたのは──ただの興味ゆえだ。
何度か自分に言い聞かせていた、言葉。
太陽の光を浴びれば一筋の陽光ように眩しく。月光の下では柔らかく、けれど確かに輝く。
それは光だ。闇を退かんとする光。
その姿が、ある。
何度か無意識に詩乃の姿を眼で追い、観察していた時とは違う。
直ぐ傍に。
認めざるを得ない事は、確かにある。
例えばそれは、あの双子のいけ好かない片割れと同じように自分が、土竜だと言うこと。
「休日くらい静かに過ごしたいものだな」
意外にも先に声をかけたのは詩乃の方だった。
その顔は相変わらず天を仰いだままで、それだから──と言う訳でもないが、ラメセスは何も応えることはなく彼を見下ろしていた。彼の台詞にも、今日は休日だったのかと事実を認識しただけだ。
詩乃はそれを気にした様子もなく、風に遊ばれていた本を閉じた。
「それには一人、或いは邪魔にならない相手か」
微かに垣間見える空を映した瞳が、天蓋に取り零された陽光を宿して細められる。
満足そうな。
自分にしてみれば無視しても良い単なる言葉の羅列がどういう訳か気になって、結局ラメセスは口を開いた。
「何の話だ」
「場所の事だが」
端的に答えが返される。そして吐き出された言葉と同時に、その日初めて詩乃の視線がラメセスを向いた。
彼の笑顔はとても眩しかった。
地上にもう一つの太陽が出たのだと、そう言えるくらい。
「なんなら隣を貸すが、どうする?」
席の共有はこれからも何度か起こりうるだろう。
その予感が、それほど嫌でもなかったのはどういう訳なのか。
その次の休みに、一人分の空きを作って座ったのは気の迷いだ、と自分に言い聞かせて。
もしも宿命と言う物が存在するならば、この光が為すべきは果たして何か。
道を照らすか、焼き尽くすか。
──その答えは。
ああ、だから光よ、その輝きを弱めて欲しい。
死を招くそれに、引き寄せられてしまうから。
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