A Glance
最近、視線を感じる。
視線がぶつかる。
ラメセスは──自身にも良く分からない苛立ちに似た感情に駆り立てられ、その紅眼を逸らした。それに動きを合わせたように、向こうからの視線が受け止める相手を失い、頭上を通過していく。
望み通り視線を外したと言うのになんだか気持ちが晴れず、ラメセスは舌打ちをした。
人は、それを気まずさと言う、と彼が知っていたかどうか。
どうして自分がこんな事になっているのか。
まるで怯えているような行動に、訝るしかできない。
視線の主は、詩乃 ヴァレス 王蘭。
つい先日“院”に現れた新顔だ。
学年の途中から入ってくる人間は、実はそういない。流れの違う世界でほんの数日待っていれば、また次の新入生たちを迎える時期になるからだ。それをしなかったと言うことは、余程なにかに急かされているのか、“院”よりも時の流れが緩やかな世界に住んでいるに違いないが。
彼の場合、前者の理由であることは否定できまい。
リートと言う後継者候補の指名を受諾しておきながら、フォウルが独自に選定したもう一人の“白”後継者。
……その素質がどれほどのものだと言うのか、ラメセスにはよく分からない。
リートと言う少年にせよ、この詩乃と言う青年にせよ、フォウルと比するには余りに非力で、院を象徴する最高位の騎士には見えない。
確かに衆目の注意を集める存在である。
ただ“白”候補と言うだけではない。
光に煌めき詩乃の頭を誇らしげに飾る白金の髪も、その曇りない空よりも澄んだ明るい彩を宿した碧の瞳も、鑑賞に値する。その颯爽と歩を進め制服の裾を翻す姿は、ごく自然に他人の視界に入ってきておきながら決して嫌な感じを与えない。
詩乃は必ず誰かの視線を受けていた。あの存在がそこにあるだけで、自然と周囲は目を向けるのだ。
しかしその視線は、決して彼のまとう隔世の空気を突き破っていけない。一定距離以上に近付けない。何人かで彼を囲んでいても、同じラインにいない。
この『世界』の中で、彼だけが浮いている。
彼だけが『世界』から特別に選ばれ、また自らが特別である事を知っている。
なるほど
確かに
彼は特殊だ
自分と同じように。
と、青の視線が再び振り返った。紅の視線と刹那交差し、ラメセスが反射的に逸らす。
深い意味があってやっている事ではない。馬鹿げている。
あの視線に捕まってはいけないと誰かが警告を発している。その誰かに従う気もない。ただ、自分でも判らない感覚が突き動かす。
その事が、ラメセスの眉間に皺を寄せる。
いつも彼に突き刺されている幾多の好奇の眼差しには一瞥もくれないと言うのに、何故ラメセスの視線にはぶつかってくるのか。
ああ、視線を送っていたのは自分か?
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