もぞり。
 まるまった布団の先に、黒い毛がはみ出ていた。
 もぞりもぞり。
 起きようか、もう少し寝ていようか。
 そんな迷う気持ちが伝わるテンポで、小さなベッドの上に形成された山が、ふわふわと安定感なく揺れ動く。
 ここにかの同室者がいるならば、怠慢な動きに渇を入れそうなものだったが、その気配はない。
 ──リートが起き出すには、まだ時間がかかりそうだった。

「レイヴ、朝だけど」
 先ほどから後ろでなにかと動いていた同室のシィンに声をかけられ、レイヴはペンを置いた。
「もうそんな時間か」
 机上の時計に目をやって眼を細めたレイヴに向かって、シィンは朝から疲労感を漂わせた嘆息を吐く。
 気になる問題が浮かんだとかで、この級友は一昨日から図書館と自室の机にかじり付いている。これで授業もしっかりと受けているのだから、その度を過ぎた熱意に感心するしかない。
「よく、保つね」
 シィンの複雑な賞賛の言葉に、レイヴは心外だと肩をすくめた。
「俺はお前が寝てから一時間半仮眠を取っている。“朝”が来るのが遅いだけだ」
 ──成程、丑三つ時辺りには寝ているらしい。

 時間を指して動いた長針の音で目が覚めた瞬間、イクスは自分がなにかとんでもない忘れ物をしている気がして飛び起きた。
 鞄の中。机の中。服のポケット。床の上。
 いろいろに開けて、探って、ひっくり返しても出てこない。
 そもそも何を忘れていたのだろう。
 焦燥が沸き上がると同時に、そのものが一体何なのかも分からないまま、ただ不安だけが膨らんでいく。
 ついに困惑に押し潰されそうになって頭を抱えた瞬間。
 ──あ、夢の中で髪を梳くのを忘れたんだっけ。

 意識の遠くから目覚めを促す声がして、詩乃はゆっくりと瞼を持ち上げた。
 ぼんやりとした視界の中に、紅い双眸が浮かび上がる。
「……ラムス」
 ああ、また昨夜もリートと口論になってここに泊まったのだった。そんな熟知している情報が今更のように、起き抜けの詩乃の脳裏に浮かび上がる。
 そんな詩乃の様子を眺めるラメセスは、いつもの無愛想な表情のままで。
「時間だ」
 ああ、とまだ働き出さない頭のまま、詩乃は相づちのような生返事を返した。
 紅茶の香りで目覚める実家が恋しくもなるが、このままの状態では決して帰れないな、と思う。
 ──早起き対決、七勝十三敗中であった。

 窓から差し込む陽が目元に当たって、無意識のうちに眩しさを訴えていた。
「そろそろ起きなさいよ」
「ん」
 常より年相応の顔でベッドから起き上がり、衣服を整えるロアンが、ズボンにベルトを通しながらちらりと上目使いでエファの顔を覗き込んだ。
「今晩は?」
 雨露を避けて一夜の宿を頼んだ野良猫だって、少しはお礼を言いそうなものじゃない。とエファは苦笑する。
「添い寝ならしてあげるわよ、坊や」
 余裕の笑みで応えると、ロアンはふと意地の悪い笑みを深くした。
「ママの胸が恋しくなったらまた来るよ」

 そして、新しい一日がはじまる。