其は馬鹿に似ている
女の友情は薄っぺらいと良く聞いたけれど、男の友情だってこんなものかと思ってしまうのは、例えばこういう時だろう。
風祭真理は、これ見よがしなやり方で薄い口唇の間から深い溜息を漏らした。
「付ける薬がないという点で、恋と馬鹿は良く似ているよね」
彼が存在しないと言うならば、真に妙薬はないのだろう──治癒術の専門であるホリィ教室所属教室長の唐突な弁に、同じく席に残された友人は暫く沈黙し、それから彼の名をあげた。
「サルゴンの事か?」
先ほどまで一つ空いた席に座っていた彼は、相変わらず熱烈状態であるらしい恋人の少女に呼ばれた途端、友を捨てて走り去った。
「いろいろと、だよ」
微笑んではいても表情を宿さない視線がイクスに返される。
色恋と言えば、些か星の巡り合わせが悪いこの友人を想う人もいるようなのだが。知らぬは本人ばかりなり、と真理は可愛気なく呟き、顎の下に置いた両手を組み直した。
「イクスだって、好きな人の一人や二人いるだろ?」
「いや、二人は拙いんじゃないか?」
本気で応えたらしい友人の横顔を見つめ、真理は動きを止めた。しかし唖然としたのは一瞬の事で、今度は実に生真面目なイクスらしいと笑いが込み上げる。
余り健康的な理由で笑わない事を知っているからだろう。イクスが複雑そうな表情で見つめているのが分かった。しかし自分の発言が笑われたのだとは気付いていないらしい。それがまた彼らしかった。
駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「イクスさん、まりさん」
息を弾ませながらも些か間延びした声で二人を呼んだのは、イクスの所属教室一年生。その背後にはやはりこちらに向かってくる友人と、先程思い描いたばかりの人物。
「何のお話をされてたんですか?」
興味津々、と言う色を顔に浮かべた少年は、それが本心のものであるだけに嫌味がない。しかしその後ろから掛けられたもう一つの声は、わざとらしい響きを宿していた。
「マリーが絡んでいる時点で、ろくでもない話ね」
アーデリカが噛み付いてくるのは既に社交辞令だった。もう長い付き合いだけに、忌憚ない応酬が心地良くすら感じられる。
その彼女に手を繋がれているのは天麗。どうやらお節介な先輩に捕まってしまったらしい。未だ慣れぬ憧れの人を前にして、可哀想に挙動不審になっている。けれどそのお相手であるイクスはまるで気付いていないのだけれど。
不意に言葉が滑り落ちた。
「女の子は良いね」
女性同士ならば、手を繋いだり巫山戯て抱き合ったりも出来る。けれど男はその想いを言葉で伝える事すら難しい、酷く不器用な生物だ。
しかし本心かどうかは分からない言葉だ、と真理は自身で思い、不思議そうに見返す友人たちに微笑んだ。
自分は、想いを伝える必要を感じているのだろうか。
答えは否。
「……って言う、馬鹿の話」
朱に交われば赤くなる。諦めが良かった筈の自分も遂には欲を覚えてしまい、馬鹿に似てきたようだ。
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