苦い紅茶
ティポットをゆっくりと傾け、澄み通った液体を注ぐ。
教え聞いた通りの手順で、大切に、慎重に淹れてゆくそれは、ただ一人の客をもてなす為の大切な一杯。
次第に立ち上る蒸気と香り。
カップの底から順に満ち溢れていく紅色。
その色で、濃く出し過ぎてしまったのだと直ぐに知れたけれど、カップを縁取ったその金色の輪はとても美しかった。
非現実的なまでに。
「アエネラ様、本日はお暇を頂きに参りました」
彼は言い。
頭を垂れた。
ただそれだけ。
この世に言葉は溢れていると言うのに、どうしてこんな時、言葉は何の役にも立たないのだろう。
手の中で転がした紅色の水面に波紋が生まれる。その揺らめきで、金色の輪の中に映った顔が笑っているように見えた。
教えられた事がある。ただすべてを受け入れ微笑みを浮かべよ、と。
それが役目だと言うならば、微笑ってみせよう。
その強さが、自分にはあるはずだから。
「いままで、ありがとう」
彼女は言い。
微笑みを浮かべた。
ただそれだけ。
この痛みは、何処へいくのだろう。
彼は空のティカップを残し、謝辞を述べると立ち去った。その後ろ姿が遠離って行くのと同様に、この記憶も思いもやがてうつろい、永久へと昇華されるのだ。
それでも──
口にした紅茶は、やはり苦かった。
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