Tea Pot
かぽかぽかぽ……
軽快なリズムで、程良く温められた複数のティポットに熱湯が注ぎ込まれる。
勿論ポットの中に収められているのは、先日事務に入荷されたばかりの茶葉を合計できっちり人数分。
ポットの蓋をしっかりと閉じて、上からギンガムチェックのティカバーを被せれば準備完了。
「何にしましょうか？ 今日はディンブラのいい葉っぱですから、ストレートでもミルクでも良いと思うわ」
オンザロックのアイスティなんて言うのも素敵ね、と微笑んで、サラ・フェンは少女たちを見やった。
それはいつもの通り、エファ＝ミレオから広まった話だった──いつもと少し違ったのは、それが女の子限定で流された事。
丁重に除け者にされた男性諸君は、その日どこか落ち着きの欠けた女性陣を不思議がり、そしてその理由が知られない事を不審がった。
そしてその日の午後になると。
空中テラスは女学生たちに占拠され、彼らは追い出されたのであった。
「ディンブラって、セパレートティにしても大丈夫かしら」
オレンジの輪切りが浮かんだシャリマティを作って貰ったセララの手元を覗き込んで、アーデリカは難しい顔をした。
「セパレート？」
「前に天麗が教えてくれたのよ、アイスティの甘いのって。ね、天麗？」
「え、あ。はい……」
突然呼ばれ、天麗はびっくりした様子で顔を上げた。
お茶に関しては割と物知りな彼女だが、こうして名指しされると気恥ずかしくて、頬がうっすらと赤くなる。湯気のせいにしようと、天麗はティカップを口元に押し当てた。
院の食糧事情が完全に輸入頼りであるとは、誰でも直ぐに気付くことだ。
交流関係を持つ世界、院の活動に賛同している世界から、差し支えない程度に物品を頂戴していく。そのさじ加減は事務の補給担当に任される事が多い。
それゆえ、一流の処理能力と融通の利く性格を備えたサラが補給担当を任されたのは、当然のことだった。
「みんな、飲み物はいきわたって？」
ポットの一つを持ったシャリアは、気の合う女性陣ばかりで集まっているこの状態にわくわくしているのか、いつも以上に世話を焼きたがっている。
「あたしに淹れてちょうだい。角砂糖を半分にしてね」
カウンターから銀色のカートを押して現れたエファ──このイベントの主催者と断じて間違いない──が注文を入れた。
そのカートの上に、色とりどりの……
「どうぞ、お好きなものを試してね」
サラに勧められ、少女たちは思い思いの菓子に手を伸ばした。
院では常時、様々な世界、様々な文化に基づく食を用意している。嗜好、栄養価、様々な面から研究がなされ、メニュは定番の品も、定期的に入れ替えられる品もある。
その様は、いっそ贅沢と評してもいいだろう。
勿論それは主食以外、お菓子にまで言えることで。
「今度入れ替えの品定めがあるんですって？」
と微笑んだ一人の女性が今期の補給担当と掛け合って実現したのが、このティパーティだった。
──尚、名目上は広く一般の嗜好を調査する為、となっている。
見た目と裏腹な、さっくりとした食感に月は驚いた。
「印象と違てますけど、これはこれで美味しおすな」
「どんなだと思ったの？」
ミンシアが同じものを取ってしげしげと眺めてみる。彼女の眼に、それは絹糸を紡ぐ繭のように見えた。向こう側が少し透けて見えるほど、透明度は高かったけれども。
「見た目が綿飴のような感じやし、ふんわりしてると思うたんどす」
「わたがしか……懐かしいな」
ふと、はるかが口を挟んだ。跳ぶ‘身体’作りの為に甘いものを食さない彼女だが、誘いを断り切れるものでもなく、顔を見せて先程からお茶だけ口にしていた。
「おいしいの？」
「とても甘い」
思い出したのか、眉が顰められる。
顔を見合わせ、月は「そやけど」と少し様子を伺いながら声を掛けた。
「これはそないに甘うないし、大丈夫どすえ」
……薦められると断れないはるかがお菓子を前に苦悩している姿を、後ろからエファがくすりと笑って見ていた。
軽やかな曲が耳障りにならない大きさでテラスに響いた。その音源、小さなハープをつま弾くユ＝ノ教室長セララの横で、天麗は甲斐甲斐しく世話を焼く。
「セララ様、お菓子は……」
「ええとね、その赤い粒々の取って」
見た感じではまるで味が想像付かないそれは、サラが食品として饗したものでなければ口にしないところだ。一応この場に出されているのは、各世界でお菓子類として認知されている物だから、食べられないものはないだろうけれど。
当然のような顔をして開けられたセララの口に、慎重に一粒落とされた。即噛み切ったその口が、曲げられる。
「不味いよ〜」
「あ、はい、ごめんなさい」
無理に嚥下する様を見せる黒髪の先輩に、反射的に謝る。
「どうして天麗が謝るのよ」
セララは苦笑して、天麗ってサルゴン──シュウ教室の教室長で、入学時から天麗もよく面倒を見て貰っている──の言っている通り控えめなんだねぇと呟いた。更に、
「そうよ、あなたが謝る必要なんてないわ」
歯痒そうに年下のシャリアからも進言され、天麗は小さく頷いた。もっとも、同意や納得と言う様子からはほど遠かったのだが。
傍らで、黙した彩音が同じ赤い粒状のお菓子を大量に食していた。
その様子を見ているだけで満腹感を覚えた大多数の少女たちは、救護室の主の伝説にまた一つ新しいページを付け加える事にした。
「皆さんお揃いかしら」
鈴の音が転がり、少女たちは慌てて、幾名かはそれでも自分のペースを守って立ち上がると麗人を迎えた。
姫アエネラが長い髪を揺らしてリフトから降り立つ。その後ろに控える男が、捧げ持った白木の箱をテーブルの上に載せた。微笑みがそれに応える。
「お菓子を品評する茶会と聞いたものだから、私も少し変わった物を持ってきてみたのよ」
次元の彼方で見付けた、とても珍しいお菓子なの。
そう言うと、手ずからふたを開ける。そのたおやかな手元を覗き込んでいた少女たちは次の瞬間、目の当たりにした二つの「食べ物」に対してそれぞれに反応を見せた。
一つは七色に怪しく輝く波打つ物体。
一つはもぞもぞ這い回るゲル状の物体。
「う、うえええ〜」
余り品の良くない──だがその悲鳴は大部分の気持ちを代弁していた──声をあげて、いち早くセララが隅の方まで逃げ帰る。
ふぅむ、と無造作に手を伸ばしかけた彩音の手をシャリアが咄嗟に押さえ、アーデリカは何時でもその謎の「食べ物」を次元の彼方へ吹き飛ばせるように力を編み上げ始めた。
床にへたり込んだ天麗に向かって、七色に輝く方がずるずると這うような形で身を寄せる。はるかは思わず払い除けようとして直前で思い返すと硬直し、その間に月が天麗を引きずって輪から抜けた。
「それで、これはなんなのですか？」
この事態にあっても落ち着いた態度は崩さず、エファが先程までケーキを乗せていたフォークで指し示す。ミンシアは延ばされたそのフォークに、一瞬食べるところを連想して眩暈を感じた。
麗人は取り乱した少女たちに視線を巡らせ、変わらぬ笑みを浮かべる。
「チョコレートだそうよ」
幾人かは語彙にない言葉を聞いたのだと思った。
幾人かは言語システム分析機能が壊れた、あるいは訳し間違えたのだと思った。
幾人かはこれを夢だと思い込むことにした。
それでも、目の前の事態は変わっておらず。
「エファ、如何？」
「あたし、最近ダイエットを始めてまして」
この場にいる以上、言い訳にもならないだろう文句で切り抜けようとする黒髪の主催者に少女たちは唖然とする。
「まぁ残念ね」
しかし、高潔なる当代の姫は同時に純真でもあった。
「ええ、本当に」
さらりと受け流すその姿に、畏怖の念を新たにした者も多い。
「アーデリカは？」
突如変じられた矛先に、剛胆な彼女も一瞬たじろいだ。
なんせ箱から本格的に出てきたその「食べ物」たちは、うぞうぞと蠢いているのだ。
「お、お腹が一杯です！」
視線を泳がせる。
「あら、では天麗はどうかしら」
「え……その……」
冒険もほどほどにしておいた方がいい。
それを学んだ彼女たちは、その後しばらくの間、各々が安全と思える食品しか口にしないようにして男子学生たちの首を捻らせた。
またセララなどは、他の者が変わった料理をトレーに乗せている最中にも気分を害し、サルゴンを心配させた。
そして、次のお茶会は誰からも言い出されることがなかったと言う……
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