Twins・エファさんの場合

 手狭な鐘楼に酔狂な恋人たちが向かい合って座っていた。
 この楼に直接つながる道はない。それ故に、金髪の恋人が「邪魔されないから、都合がいいだろ」と言うのには肯いた。
 実は、空中テラスよりも天に近い場所にあるのだ。
 それが余り知られていないのは、この鐘楼が肉眼では確認できないほどの頭上に浮いているからに他ならない。
 その内、学生の多くが知らない院の秘境などを広報に載せようか、とエファは考える。
「で、今日はどうしたの?」
「いいモノ手に入れたから」
 そう言って取り出されたのは、近過ぎる星の明かりでこの時間帯には不自然なほどはっきりと確認できる、赤い、液体の入った、瓶。
「……ロアンくん。未成年じゃなかった?」
 わざわざ「くん」付けで呼んでいるのは、牽制。だが、じゃぁ共犯だなと嘯いてロアンがにやりと笑った位置は、やけに近かった。

 こぼれ落ちそうな満天の星空。

「で、どうしたの。それ」
 気怠そうに、男にしては綺麗に整えられた指先がグラスを並べるのを眺める。
「あと十分もすれば解禁だろ」
 ロアンの世界のワインには、法律で取れてから出荷するまでの最低の期限が定められている。そしてこのワインこそが初めて飲める、今年獲れたばかりのワインなのだ。
 ワインは勿論、熟成されて味的には渋く重いものの方が上等だともてはやされるから、ただのお祭りだと言えばその通り。しかしこの位軽い味の方が、かえって飲みやすいという事実もある。
「そう、Beaujolais Nouveauね」
「残念はずれ」
 思いがけず否定され、エファは少し視線をロアンの顔に戻す。
「正解はNovello」
 綺麗に発音される、音。
 ボジョレヌーボのような軽やかさよりも、新しい果実のさわやかな味を楽しむワインだ。
 確かロアンの住んでいた国で作られるワインでなかったか、と頭の片隅が意外の念を禁じ得ない。あまり自分の依って立つ故郷を、彼は贔屓にしないから。
 銘柄はわかったが自分が聞きたいことには答えて貰っていない。
 ちらり、と上目遣いに翠の瞳を覗き込むと、悪戯が成功して楽しがっているような光とぶつかった。
 どうせ、誰かに頼んで流してもらったのだ。
 ロアンが殆ど物品を申請しないのは知っている。だから、これも彼の頼みに落とされた女の子からのプレゼントに違いない。
「今期の補給の担当、サラなんだよな」
 悪びれなく告げられる、名前。
 それで、無理を言って持ってきてもらった物を、今ここで披露している訳ね。とエファは苦笑した。
「悪い男ね」
 ……人のことは言えない。
 自分と言う公認の恋人がいながら、傍目には漁色としか言い様のないロアンのやり方。そしてそれを容認し、あまつさえ時には手を貸している自分。
 そもそも、お互いに本気ではない。
 未だどこか潔癖なところがある親友はこの話題になるとどこか固くなって、不自然に話題を逸らしたがる。

 自分も、この青年も、偽りで武装しているだけなのだけれど。

「ま、第四レセプター遺伝子が長いんだろ」
 応えながら、懐中時計を取り出して、ロアンが時間を確認した。
 新奇探索傾向──目新しいものや危険なことに引きつけられる性質を左右すると言われているのが、第四レセプター遺伝子だった。
 一人二人三人と、渡り歩きたくなるんだよな。
 そう自分を構成する遺伝子のせいにして、ロアンがくすりと笑った。
「弟くんも?」
「そうだろ。同じ遺伝子で出来てるんだから」
 確かに、別の人間であっても、一卵性双生児は同じ遺伝子情報を受け継いでいる筈だった。
 科学問答じみた話を好かないエファは、あまり気が乗らずに空を見上げて生返事を返す。
 だが、ふと。
「遺伝子レベルで、オレはあいつの総てを大切に思う。オレの体中の細胞が、常にあいつを想って叫ぶ」
 どこか誇らしげな言葉を背景に、星が一つ流れた。

 呆れずにいられない。

「……愛の告白みたいよ」
 たぶんエファ以外の人間が聞いたら、卒倒しかけたのでないだろうか。
 ロアンが自分以上に報われない相手を想っていると知らなければ、すわ近親相姦の上の男色かと色めき立ったところだ。
「かもなぁ……」
 今日は押されっぱなしだ。エファが気を取り直すように首を振ると、ロアンは役目を終えた時計を閉まった。
 時間だ。
 乾いた音で手際よく栓が開く。
 たぷり、と瑞々しい透明感に充ちた赤ワインがグラスに注がれた。
 何に乾杯する?
 視線で問われ、エファは少し考える。
「そうねぇ。あなたの“愛する弟君”に」
 少し、皮肉のつもりだった。

 合わされたグラスが鳴る音が、夜空に響いた。


「オレに形を与えたイヴに、乾杯」
 そう、婉然とも言える笑みでロアンは杯をあげた。