言葉遊び
開け放たれた窓をきっちりと閉め直して、それからエファは肩を軽く竦めた。
嫌でも意識せずにはいられない単語。
「運命、か」
永遠に忘れることは出来ないだろうその苦い響きは、飲み込まれることなく舌の上に何時までも異質感を残した。
起き上がった恋人がそれを笑う。
「勝手に言ってろってことさ」
きっと彼の方は永遠にそう否定し続けて、けれど囚われ続けるのだろう。悔しくとも、そういう生き方しか出来ないのだと、自分で容認してしまっているから。
結局、運命から逃れることは出来ないのだと。
このところ彼は奇怪しかった。
「さぁ、少しは役に立って」
暫し逡巡の後、エファは手にしていた資料を恋人の手に押し付けた。
少し皺が寄ったそれを一瞥し、彼はもう一度軽く笑う。
正確な調査結果がそこには示されている。
そろそろ試験の時期が近付いていた。たっての願い、と言って過去の試験を調達して欲しがっていた何人かが思い出される。ちっともその手の助けが必要でない恋人は、それでは動かないだろうけれど。
つ、と紙面の上を指先で撫でて、想像通りに彼は
「手伝うのは良いけど、労働報酬は?」
と宣った。
何をやったとしても彼の心が掴める訳がないとエファは思う。
憎らしいほど強欲で、けれどただ一つしか必要としていない男だから。
盗まれたハートの持ち主達には同情申し上げる、と思いながらエファはそれよりも彼のせいで遅れさせられている自分の仕事の方が気になっていた。
猫によく例えられる彼のその手は、愛玩動物のそれより断然役に立つ。能率的に使えれば、の話ではあるけれど。
「はい、これも」
一片の雲が一片の紙が手渡されるのと同時に窓の外を流れていく。
不思議なほど穏やかな時間はあとどのくらい保つのだろう。
下手な推測はしたくないエファでも、そのくらいは気にしていた。本当に世界中の何もかもを知ることが出来れば少しは安心出来るのかも知れなかったが、幾ら彼女でもそれは夢幻だ。まったくもって残念な事に。
皆が何かしら、時代の節目を感じている。
無論この恋人がそれに気付いていない筈がない。眼を瞑り、そして。
「も、駄目だろ」
揶揄するように、そしてはっきりと彼は言い切った。
ゆっくりと立ち上がり両手を開く。よれた紙面がばらばらと床の上に落ちていった。
乱暴なのね、と口にせず呟くとその通りの荒っぽいやり方で腕が引かれる。りん、と耳元のアクセサリーが鳴って視界がぶれた。
ルール破りの一歩手前だ。
冷<静な思考と瞬時に沸き上がってきた衝動がエファの中でぶつかり合い、途端彼女は状況を楽しむ事にした。
「ロアン」
笑い声で応えて、足下に散らばった資料が馬鹿馬鹿しいステップに踏み付けられ更にただの紙屑に変えられていく。
を仕舞にロアンはエファの頬に勝者からのキスを送った。
「ん、エファの負け」
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文中には二つの言葉遊びが隠されています