夜に囁け
今鳴いたのは、夜啼鳥。
夜明けを告げるひばりではありませんわ。
闇に閉ざされ、人工の星が瞬く院。
救護室の布団にくるまった姿勢で眠っている少女の髪を飽きることなく梳いていた、その手がふと動きを止めた。
いつの間にか、深く眠っていた筈の少女に見つめられていたのだ。
その事に幾らかばつが悪い思いを抱いて、またそれを誤魔化すようにことさら陽気な笑顔を作ってみせる。
「起こしちゃったかい? 彩音」
失礼のないよう、なるべく申し訳なさそうに。それでいて何処か明るく、深刻ではない“自分らしい”感じに。
長い間被っていた擬態は何時しか自分のものとなり、容易く振る舞う事ができた。
茶目っ気のある緑の瞳を茶色い瞳へ必要以上に寄せて、ロアンは笑う。
「勝手に悪かったけど、ちょっと眠れなかったんでさ、その髪に闇を宿す可愛い彩音の横でなら落ち着けると」
耳元で矢継ぎ早に紡いだ言葉が、あ、と言う声に遮られた。
「鳥が鳴いてますね〜」
「なんだって?」
刹那、思わず険しくなった表情を無理に和らげる。
他の人がすれば未だ眠いのかと思う間延びしたような口調だが、彩音は大抵こんな感じなので、その事に顔を顰めたわけでない。
その事、否、声を掛けられた事自体に気付いているのかいないのか、彼女は相変わらず何処か茫洋とした掴みきれない表情で耳を澄ますような格好をしてみせた。
今度ははっきりと聞こえた、その音。
「聞こえませんかぁ? 鳥の声ですよ」
反応がない事を気にしたのか見上げ、問うてくる。そんな彩音の頭を先程より少し乱雑に撫でて、なんとか顔を隠した。
「……ああ、聞こえたよ」
その声は、自分を呼んでいる──
いいえ、あれはひばり。
夜啼鳥ではありません。
「ひばりだ」
「ロアンさん」
不思議そうな声に、ロアンは何でもないよと嘯いた。
さあ、行って。
──朝が来る。
待ち続けていた時が。そして拒み続けていた時が。
動き出す。
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