ヨアヒムと愉快な鈍器たち

▼全国鈍器物語[ティンバー]

 彼には武器が必要だった。何者の模倣も許さぬ己のみの武器が。
 その件に関して、鍛え上げた強靱な肉体のことを子供たちに指摘されると、彼は雄々しく華麗なポーズと共にこう答えてみせた。
「とどめは唯一の武器を使う、それがヒーローの掟だっち!」
 ヨアヒム・ヴァレンティーナ、齢四百と少々。何を見て育ったかは聞かぬが花である。
 勿論、こう付け足すことも忘れなかった。
「たまにパワーアップするだらよ」
 ジャンは単純にそう言う物かと頷いた――変身の掟と言い、制約が多いとは思ったが。妙な発奮を見せたのはユマの方である。
「おもちゃ屋さんと提携して売り出すのね!」
 ユマはやかましく、やれ定番のステッキだの、皿のような円盤を使うのが可愛いだのと言う。対してヨアヒムは大きな図体に反して控えめにひとつだけ、注文を付けた。
「あんまり小さいのは困るだら」
 成程、確かに彼の身体に見合った大きさでないと扱いにくかろう。
「じゃあさ、あれなんかどうだい?」
 全身でしがみついてなお余りある腕を引き、ジャンが示したのはうみねこ亭の裏路地に転がった材木のひとつである。
 子供たちが二人寝そべっても充分な長さと、ヨアヒムの両腕を回してなお余りある太さを持つこの木材を利用すれば、どんな武器を作るにせよ、取り敢えず大きさには困るまい。
「ふーむ、この角材」
 だがヨアヒムはその逞しい上半身を使って角材を持ち上げると、そのものに熱い眼差しを注ぎ始めた。
「いずれは立派な建築物の一部となるはずだった運命から一点、材木屋の破産から放置され、雨露に曝されてきた不遇の角材……。飾る門出なき角材へ、せめてもの手向けとしてかけられた大工さんのカンナと涙の跡が手にも馴染む一品だっち」
 大きさ、重量に、嘘か真か波瀾万丈な半生。それらが至極気に入ったらしいヨアヒムは木材で軽く宙を斬ってみせる。
「ジャン、良い感じだら!」
 彼が歓声を上げたその時、けれど横手から不満の声があがり、男たちはそこに風船の如く膨れたユマの頬を見付けた。
 少女は、はっきりと問題を指摘した。
「それじゃあ音が鳴ったり光ったりしないじゃない」
 もっとも、ジャンはそれがさほど重要だとは思わなかった。音が鳴ったり光ったら目立ってしまう。グラン・パピヨンは一応怪盗を目指しているのだから、派手なことは慎んだ方が為だろう。
 ただ、理由の如何を別として機嫌を損ねたユマは難敵である。ヨアヒムは変身する為の仮面を投げて貰えないし、ジャンはおやつの分け前が減る。
 困惑したまま立ち尽くした少年と比べると、確かにヨアヒムはヒーローであった。
 彼はジャンを安心させるように肩を叩いた後、膝を折り、彼女の瞳と真っ直ぐに向かい合って誓った。
「ちゃんと振る時には声を付けるだら。光るのは、金ぴかぴかで許して欲しいだらよ」
 それはさぞ煩いことだろう、と想像して密かにうんざりしたジャンの前で、少女の可憐な小指と男の逞しい小指が熱く絡まった。

▼鈍器データ

▽アイテム解説(ゲーム内より引用)

路地裏に転がっていた木材。大人5人でも持ち上がらないくらい、重くてでかい。
これを武器として振り回すには、かなりの腕力が必要だろう。

▽入手方法

初期装備


2004年12月16日初出