天の響

06:聖堂

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「危ない!」
 ジーニアスとクラトスが上げたその声が切っ掛けだったかのように、ゴーレムが両腕を振り上げ一歩前に出た。そうして全身に光を浴びれば、巨大な頭を乗せた土人形の形だと分かる。
 ゴーレムは予告もなく、塵を払うように腕を振り回した。いや、実際あちらにして見れば一番身近にあった目立つ金色の塵を追いやったつもりなのかも知れない。驚いたコレットは尻餅を着き、歪な腕は彼女の頭上を通過していった。幸運なドジ──ロイドは内心で歓声を上げた。
 直ぐさま走り寄ったクラトスが、目標を失い宙で止まった腕に斬り付けた。鋭い角度で白刃が煌めき巨大な指の一欠片が拉げたが、それだけだ。ロイドはぞっとするものを感じて、続こうとしていた足を止めた。
 クラトスは直ぐ刃を返して再度斬り付けようとしたが、ゴーレムのもう一方の腕が彼を襲う。彼の判断は速かった。未だ離脱出来ていなかったコレットを横抱きに拾い上げ、一息に跳び退く。
 ロイドはゴーレムの周辺に誰も仲間がいなくなったのを見て心を決めた。その気持ちの強さと同じだけ、腰の両刀を堅く握り込む。踏み込みと同時に上体を深く傾け、その勢いまで乗せた渾身の力で右腕を下から大きく振り上げた。
 空気が音を立てて裂ける。
 その瞬間、全身から一瞬で気が奪い去られたかと思うと、床に触れ合うほど近くを通過した剣先からまるで閃光のような衝撃波が発生した。更にロイドは奥歯を食い縛って虚脱感から耐えると、続けて左腕も振るった。転げそうになる身体に逆方向の力が加わる。
 二重に生み出された衝撃波は、地面を引き裂かんばかりの凄まじい速さで走った。一瞬の間もなく土で出来た人形に襲い掛かる。
 昔イセリアに来た、旅業をしているのだと言う妻子連れの男が旅人のまた旅人から教わったと言う剣技、魔神剣。それに二刀ならではの改良を加えた、名付けて魔神剣・双牙。ロイドの必殺の技だ。
 きまった!
 衝撃波は激しくゴーレムの身体に当たって鋭い亀裂を刻んだ。だが──はっとしてロイドは眼を瞠った。
 足下から胴体の真ん中辺りまで十字に刻まれた傷は、ゴーレムを倒すに足りなかった。純粋に力が足りない。目標が大きすぎて衝撃が和らげられたのだ。
 とは言え注意を惹き付けるには充分だったようで、滅紫と金の目標を失ったゴーレムの目はロイドに向いた。あの石の目で周りが見えているのだとすれば。
 太い腕が風を巻き起こし唸った。
 土とは思えぬ程硬く巨大なその拳は確かに恐ろしいが、聖堂前で戦ったディザイアンの鉄球と同じ要領だ。あれより間合いが狭いぶん避けやすい。そう考える余裕と落ち着きがある事に自分でも驚きながら、ロイドは振るわれた拳から身を遠退け、もう一度刃を床に向けた。
 如何に強固な身体でも、同じ場所に何度か撃ち込めば必ず崩れる筈だ。
 がら空きになったゴーレムの胴を目掛け、ロイドはもう一度剣を振り上げた。
 途端──
 右腕の筋肉が悲鳴を上げた。掻き集めた気の力が剣先から虚しく零れ落ち、代わりに痙攣が身体に伝播する。ロイドは瞬間、呼吸と言うもののやり方を失念した。目の前が急速に暗くなる。不完全な振りで終わった技はそよ風一つ起こすことが叶わず、ただ傾いた身体を支える為踏み出した足が、ロイドの中で大きく震動した。
 ぐ、と歯を食い縛った視界が、今度は外的な要因で暗くなった。
 見上げた頭上に、巨大な拳が振り下ろされようとしている。
 咄嗟に左腕を掲げたロイドは、片刃が受け止めた拳の重みに膝が砕けそうになるのを必死に耐えた。
 そこにすかさずクラトスが駆け寄り、真上から振りかぶった重い一撃を叩き付ける。狙ったのは腕の間接部だ。ゴーレムの巨大な体と拳を繋いでいるにしては細いそこが片方、ぼろりと崩れ落ちた。だがもう一方の腕が振り回され、ロイドとクラトスの身体を捉えようとする。
「──アクアエッジ!」
 鋭くジーニアスの声がしたかと思うと、青白い光がゴーレムの巨体に吸い込まれるようにして放たれた。ロイドも何度か見た事がある、エルフ族の使う魔術だ。
 放たれた魔術に、しかしゴーレムは仰け反る事もなく、まるでダメージを与えられなかったように見えた。
 だが。
「……!?」
 危ういところで拳を避けながらロイドは瞬いた。突然ゴーレムの動きが鈍くなったような気がした。
 いや、錯覚ではない。
「ジーニアス、もう一度だ!」
 低い声で名指しされ、一瞬ジーニアスは戸惑ったようだった。だが直ぐに甲高いけん玉の音が天井に響き渡り始める。
 理由は分からないものの、ロイドもその詠唱の間を稼ぐため、床に転がった腕を飛び越えゴーレムを引き付けた。
 錆び付いた動きが目立つようになったゴーレムの相手は、余り力が入らないロイドでも簡単だった。数回隻腕を避けてみせる内に、ロイドもはっと気が付いた。
 仕掛け細工は普通土で作らない為に思いも寄らなかったが、水の術により、間接部に入り込んだ挙げ句重みを増し付着した砂が、仕掛けを押し止め動きを制限しているのだ。
 遂に高らかな術の詠唱が結ばれると、宙に煌めいた二条の光の筋が、不思議な軌道を描きながらゴーレムを撃った。その瞬間──
 巨人は土塊と化し、どうっと盛大な土埃を上げながら床の途切れたあの穴へと倒れ込んだ。そして巻き上がった黄塵が薄れた後には、ゴーレムの身体によってあの光の台座への道が出来ていた。