天の響

わかってない

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 何故そんな風に言うのだろう。
 理解に至らぬ不思議な思いを抱え、ミトスは青年の顔を見上げた。
 確かにミトス自身も、人とエルフと共に手を携える道を模索しよう等と言う理想は、姉がいなければ思い至らなかったかも知れない。だが彼もまた姉のそんな優しさを愛しているのではなかったか。
 見上げた視線の先で、青年は弓形の眉を寄せた。
「家族や恋人を殺されれた者の気持ちはどうなる」
 ハーフエルフは知性なき家畜でない。
 蔑まれ、血にまみれ深まった憎悪の前に、人と手を結ぶ等と言う話は受け容れがたいだろうと言う事くらい、ミトスも覚悟している。
 だが憎悪に任せた行為は相手に新たな憎悪を引き起こし、また惨劇が繰り返されるだけだ。その連鎖を断ち切るには、一方が完全に消えてなくなるか、或いは両者が融和するしかない。
 前者はあり得ない。如何に優れていようと絶対数の少ないハーフエルフが人に敵う事はないし、仮に勝算があったとしても、選ぶことは出来ない。
 もう二度と、哀しく顰められた姉の顔は見たくなかった。
「だから二度とそんな事が起こらない為に」
「わかってないな」
 熱を帯びた言葉は、それに比して余りに気のない声で断たれた。
 刹那脳裏が冷え、続いて先程とは違う種の熱──腹の辺りから沸き上がるそれに全身が震えた。馴染みのある感情。これは腹立たしさだ。
「わかってるよ」
 彼は自分の事を子供だと見くびっているに違いない。苛立ちはミトスの心を頑なにさせた。
 必ず、新たな道を切り開いて見せる。逃げ惑い互いに憎悪の念を燃やし続ける今の状況が、最上のものだ等とは誰も言うまい。
 しかし青年は視線を僅かに背け、硬い息を吐いただけだった。
「……わかってないさ、ミトス」

2004/02/02 初出