天の響

支配の三類型

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「過去、我々は体制と言うものを持たなかった」
 夜空の下で密やかな講談が始まった。
 冷え込みを増す夜気に対抗する手段として持ち合わせの衣を布団に代え、夜の番をする者は焚き火を絶やさぬよう注意を払いながら。
「エルフ族には伝統とマナと言う最大の規律がある。人間共は法を作り、王を定めた」
 肩に羽織ったマントを引き寄せ、男は自分の言葉に対し、薄闇と火の加減によって紫色にも見える青い頭を振った。
「我々狭間の者は他者の支配体系に無理矢理組み込まれて、そのどちらでも最下層におかれている」
 その言葉を咀嚼すると、舌の先が痺れるような苦味が感じられた。
 夜番の相手を務める男が微かに顔を顰めると、見計らったようなタイミングで男が顔を上げた。何か強い想いを抱えた瞳に、揺らめきが不思議な光彩を与える。
「ならば我々も体制を持つべきではないか?」
 理想実現の一歩として。
「ハーフエルフと言う種が、自らの拠り所と出来る新しい仕組みを生むのだ」
 幾分熱っぽさを帯びた言葉が、やがてしんと静まり返った夜の闇に消えていった。
 黙って耳を傾けていた男は、掻き集めておいた枯れ葉を火の中に投げ込む。一瞬火の勢いが増して、彼の横顔を照らし出した。
「お前たちにはミトスと言うカリスマがある。そう思うがな」
 カリスマ。それは人を惹き付ける、天から授かった力だ。それを前にすれば、理屈抜きで人は人に帰依する。
 そしてその人物による導きこそが、今のハーフエルフが持てる唯一の体制だった。
「だが、カリスマによる支配は何時か壊れる」
 淡々と紡がれた言葉に反応して、男は反射的に相手を睨み付けた。
 それは自分たちの理想の旗頭、ミトスが失われると言う事かと。縁起でもない事を言い出す相手が憎らしく思えるのは、当然だろう。
「そう憤るな。支配の三類型と言われる定義を思い出しただけだ」
 苦笑いの要素を含んだ息を吐き、男は焚き火に視線を転じた。何処か遠くを覗くようなその瞳に、赤い炎が揺れる。
「天から選ばれたカリスマの支配は、その死と共に瓦解する。その威光を笠に伝統化するか、やがては合法的な仕組みへ変化していくしかない」
 日頃より饒舌な言葉には、幾分自嘲の面持ちがあるようだった。
 頷きの拍子に青髪が揺れる。
「成程。人間の名君がいたとしてもその統治は所詮50年程度。その息子も名君とは限らぬ。そう言う事だな」
 カリスマは一代限り。死ねば支配は解かれる。
 残るのは、カリスマの名を継ぎその下に支配を確立させる伝統的支配か、最終的に存在する立法による官僚支配だ。
「……実感か?」
 言って直ぐに、意地の悪い質問だと男は自身で思った。無言のまま炎が踊るのを見つめている相手に、些か眉を下げ、話題を変える。
「では、やはり法的支配が最上のものか」
「どうだろうな。強烈なカリスマの前には伝統も法も意味を為さぬと、私もお前も目の当たりにしている筈だが」
 ミトスがそれを証明したのだ。
 古びた伝統も、悪と化した法にも従う必要はないと手を伸ばした彼に、二人の男も従っていた。
「堂々巡りではないか」
 人間の学問などやはり大した事はないと皮肉るように言うも、相手の反応は薄い。仕方なく男は空を仰いで嘆息した。
「まったく──理想を掲げた名君が永遠に在ってくれれば、全ては解決しそうなものなのだが」
 それは有り得ない事だ。男たちは互いにそう思ったが、何故か口には上らなかった。

2003/10/07 初出