天の響

罪人は救いの塔を見上げる

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 彼方に救いの塔を臨み、クラトスは乾いた風に吹かれていた。命の源たるマナは奪われ、災厄の気配がシルヴァラントを支配していた。そんな折、遂に出現した救いの塔。けれどそこへ向かう筈の少女は──
 ディザイアンによって再生の神子が殺された。
 人々が隠れながらそう嘆きを交わすのを、初めは過ちだと思った。ディザイアンは神子を殺さない。それは彼らの指導者の心に叶っていない行為だ。
 しかし今展望して見れば、救いの塔は一度始めたマナの供給を切り上げ、その姿をもやがて薄れさせようとしている。再生の旅に出掛けた神子はクルシスに受け入れられなかったのか、人の身でなくなる恐怖から逃げたのか、或いは本当に殺されたのか。しかし滅びを避ける為、そう遠くないうちに再度器が選び出されるだろう。そんな仕組みを、気が遠くなるほど繰り返してきたのだから。
 クラトスは一度視線を落とし、それから隙のない所作でゆっくりと振り向いた。
 ディザイアン階級の兵士を連れた屈強な男が、真っ直ぐに自分を目指して近付いてくるのが見えた。クルシスの追っ手か。天使化は解いていたのだが、と嘆息が漏れる。
「クラトス・アウリオン殿ですな」
 張りのある声で掛けられたそれは、疑問と言うよりは確認だった。それゆえ否定も肯定もせず黙ったまま立ち尽くすクラトスに向かい、男はレネゲードのボータと名乗った。
「レネゲード……?」
 聞き覚えのない名だった。
 反芻して軽く眉根を寄せたクラトスに、ボータははっきりと答えた。
「我らは大いなる実りの発芽を願う組織。理想に賛同する同志を求めております」
 さすがのクラトスも、僅かな動きだったが眼を見張っていた。
 男が言ったのは即ち、この世界を統べるクルシスに反する行為だ。大いなる実りそのものの守護は、クルシスの指導者ユグドラシルも願うところ。けれどそれは実りを発芽させる為でない。
 望むのは、ただマーテルの復活。
 その言葉が脳裏を過ぎり、同時に漏れ聞こえた先の情報が思い出された。
「再生の神子を殺したのはお前たちか」
「お聞き及びでしたか」
 男はクラトスの鋭い視線を受けて尚、堂々と立っていた。どうやら見掛けに違わず剛胆な武人のようだ。
「左様。我らは計画の一端として、マーテルの復活を阻止しております」
 そしてやがては大いなる実り発芽の為に、意識体として宿り生きるマーテルを殺す。
 姉を直向きに、或いは狂気の域と言っても良い、兎に角ただひたすらに愛するユグドラシルが知ればただでは済まない話だ。それは分かっているのだろう。警戒のため幾らか緊張を滲ませたまま、ボータは意向を尋ねてきた。
 如何にしてかは分からないが、クルシスについて知り、反抗している組織。けれどクラトスを四大天使の一人と知っての誘いなのだろうか。
「断る」
 口に上ったのは、過ぎる程はっきりとした否定。
 彼ら、レネゲードなるものの方法は、目的の為に手段の段階で自らの首を絞めている。
 敢えてなのだろう。姿を似せているが為に、人間はその所業をディザイアンによるものだと思っている。だがそれでは、人はディザイアンからの脱出を求め、より一層マーテル教に縋る事となる。クルシスの教えが浸透していく。
 そして、ハーフエルフはまた嫌われていく。
 この根深き差別を消す事、それこそが自分たちの理想の筈だった。今はこのような結果を迎えていると言え、狭間の溝を深める結果となるような計画に頷くのは、かつて歩んだ理想への道すらも否定しているようで、クラトスは耐え切れなかった。
 代替案を出せない歯痒さも、感じないではなかったが。
 けれど、理由を願う彼にそれを総て語る気にはならなかった。代わりに簡単な応えが浮かぶ。
「神子に罪はない」
 そして自分は真に罪深き者を知っている。そう心の中で呟き、クラトスは再び救いの塔を仰いだ。

2003/09/30 初出