天の響

天変地異

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 ぽかん、と表現するのが一番合致する表情で、ユアンはそのまま停止した。
 何か拙い事でもあっただろうかと、報告者の方が逆に狼狽えたような表情をするので、彼はそうではない事を伝えようと唐突に二、三度首を振った。その拍子に鮮やかな碧の前髪が乱れ、動揺を抑えきらないまま些か乱暴な手付きでそれを掻き上げる。だが動きと言えるようなものはそれだけで、意識は再び長い沈黙と思案の旅に渡航していく。
 やがて永劫とも思える時が経過した。
 だがやはり解せない。或いは自分の聞き間違いだろうか。
「すまないが、今──何と言った」
 問い直したユアンは、むしろ聞き間違いであれと念じる強い思いを密かに胸の内に秘めながら、信頼する部下を見据えた。
 だが。
「は。女性をお連れのようです、と」
 至極真面目な部下は、厳めしい顔を更に真剣なものにして言葉を繰り返した。
 やはり、聞き間違いではなかったようだ。しかしどうにも信じ難い話である。
「……それは、クラトスの話だったな?」
 自分の名は出さずレネゲードとして接触を図らせ、けれど共闘を断られたかつての同志。オリジンの封印。どう動くにしても重要な鍵となるだろう彼を、ユアンは密やかに追わせていた。久し振りにその報告を聞いていた筈だが、案外違ったやも知れぬ。
 一抹の期待を掛けて発した更なる確認に、困惑の色が見える。けれど重々しく頷きは返された。
 最後にユアンは部下の情報収集能力に疑念を抱いてみたが、それを一瞬で打ち消す。人柄だけでなく能力も信頼していなければ、これ程の計画を打ち明け、立場上留守がちになる組織を半ば預ける事はしない。
 とすればその報は事実として受け入れざるを得ず、溜息のような声が漏れた。
「そうか……」
 同時に力が抜けた身体を椅子が受け止めた。
 と、それに重ねて声が掛けられる。
「それが」
「まだ何かあるのか」
 反射的に声が尖った。我ながら大人げない有り様に舌打ちし、遮ってしまった言葉を続けるよう促す。
 今度は報告者自身もどこか困惑した顔を見せるのが少し気に掛かったが、あのクラトスが女連れで旅をしている等と聞かされた後だ。今更何を言われても驚きはしまい。
「それが、身重のようでして」
 騒々しい音と共に、ユアンは椅子から転げ落ちたのだった。

2003/09/26 初出