雨が降れば良い。そう思って仰いだ空はただひたすらに遠く、青かった。
嗚呼、せめて涙が──欲しい。
決して手に入らぬそれを想って、片翼を失った男は声をあげた。獣の咆哮にも似た嘆きの声を。
「可哀想に、クラトス」
迎え入れた彼は懐かしくもある少年の姿で、力無く垂れた男の頭をその腕に抱いた。
その年頃にしては酷く落ち着いた声が一言ずつゆっくりと掛けられる。
「人間は儚過ぎるね」
密やかに告げられたそれは、死者を悼んでいるのでない。
「それが君を傷付け苦しめる」
心を引き裂かれこの星に戻ってきた男に対しての悔やみなのだ。
同時に、決別の決意をさせる為の宣告。
「みんなが無機生命体になれば良いんだ」
かねてから少年が言っていたその計画に反対して、男は大地へと降り立った。その事実を知っていて尚語り聞かせる。
反発──しても奇怪しくはないだろう、けれど。
「君も今はそう思うだろう?」
どうでも良かった。
語るべき言葉を失くしたまま、男は酷く疲れを覚え、その頭を少年に凭れかけさせた。その動きは頷きに似ている。
どこか満足気な色を帯びた吐息が男の肩上に落とされた。
「もう、僕の傍を離れちゃいけないよ……」
語り掛けられている言葉は理解出来る。けれど少年の言葉は空虚な心に落とされていくだけ。ひび割れた心を潤す事なく、優しい筈のその調子は何処かを確かに抉っていく。
クラトスは瞼を閉じた。最早、何も目にしたくなかった為に。
雨が降れば良い。そしてすべてが流れ去ってしまえば良い。
そう願う心にこそ、雨は降っている。