脱力した身体を壁に寄り掛からせるとフランクは独り咽び泣いた。
神子の血族としての使命を忘れていたわけではない。けれどこの結末は、愛する娘となるはずだった新しい生命を不当に奪われたとしか思えず、そしてそれに反論する力を持たない自らの無力に彼は泣いた。零れ落ちる滴が床に染みを作った。
我が子だと、抱き上げ頬を擦り寄せたかった。
けれどその機会は永遠に失われたのだ。
眠れる女神、偉大なるマーテルの神託が下され、降臨した天使は生まれ落ちた赤ん坊をマナの神子として選別した。
此は世界を再生へと導く者、天使の子。
その瞬間から我が子は、己から遠く離れた不可侵の存在となったのだ。
世界の再生を望まぬわけがない。けれどこの手から喜びを取り上げられて、その犠牲から成る平和をどう享受すれば良いのか。フランクには分からなかった。
天秤に掛けることなど出来ようか。
再生を願う気持ちは事実。神子の血族として自らも世界再生のため身を粉にする決意はあった。けれど。
子に生きて欲しかった。それで良かった。この苦しい世界をそれでも一人の人間として強く生き抜いて欲しいと思っていた。ただそれだけなのに、一番厳しい道を選ぶ余地もなく与えられてしまった。
ディザイアンによってか、再生の旅の試練でか、あるいは天使としてか。この子は死ぬ。
無論、人は何時か死ぬ。けれどどんな親も、子供を自分より早く失いたくはあるまい。
そうだ、自分の子供だ。
音に出来ない言葉がフランクの喉を灼いた。
そもそも自分はこれから子にどう接すれば良いのだろう。クルシスの教義はそんな事を教えてくれなかった。天使の子として遠巻きにされるだろう、けれど紛れもない我が子に何が出来るだろう。分からないけれど、女神の意に沿う形にしなければならない。或いは諦める事も。
名乗り出られない父の涙に応じるかの如く、扉の向こうで幼子も一際高い泣き声をあげた。その手に輝石の無慈悲なる光を握って。