殴られる。そう思った瞬間少女は叫んでいた。
「ち、違います」
必死だった。ただ怖かった。だから口をついて出た言葉に深い意味はなく、何が違うのかと荒々しく問い質されば、端麗な顔を悲愴で歪め、少女は言葉に詰まった。
何も違いはしない。
けれど──けれど、生きたかった。
「エルフです!」
その言葉を吐き出した途端、彼女は全身に広がった何とも言えない安堵と、今にも泣き出しそうな胸に込み上げてくる感情に戦いた。
嘘だった。
嘘を吐き出した口には飲み込めない苦みが残った。けれど同時に、耐えようもなく甘美な香りがする嘘だと少女は知った。
覚悟は決まった。
「私も弟も、狭間の者ではありません」
最早胡乱な視線も恐れは引き起こさなかった。少女は、何も分からず眼を瞬かせる弟の手をぎゅっと握り、小さな胸を精一杯張った。
「彼等については、私達も残念に思っているのです。私達純血エルフとも、人間の皆さんとも相容れない存在が生まれてしまった事を」
涙が出ない代わりに、瞳の表層が酷く乾いた。
まるで自分の意見のように語るその言葉は、何時か耳にした、自分に向けられた言葉だった。
「じゃあ、あんた達は本当にその……エルフなのか」
「はい」
疑わしいと、そう思うことこそが間違いだと断じるように、彼女ははっきりと言った。
忌まわしいハーフエルフが街に入り込んだと思い幼い姉弟を追い回していた人々は、次第に立ち去って行く。ばつが悪そうにしているのが滑稽だった。
「私と弟は、違います」
少女は繰り返した。何度でも言ってやろうと思った。
これで誰からも追い回されず、蔑まれず、生きていけるのならば、その身体に流れる血を偽るくらい、何になろう。
人々の輪は既に歯抜けになっていた。元々、彼らにハーフエルフとエルフを区別する術はないのだ。ぶっきらぼうに謝罪を零して最後の一人が立ち去った。受刑者を得て騒がしかったその一角は、存外直ぐに姉弟を残して人気がなくなった。
嗚呼、これで生きられるんだ。
その言葉だけが頭の中を回り続け、少女は最早誰もいない其処に言葉を投げ掛けた。
「私たちはハーフエルフでは……」
なのに、胸が痛いのは何故だろう。