バンダナから覗く尖った耳に観光客の一人がぎょっとしたのが分かった。何か文句があるかと立ち止まり睨み返してやれば、慌てて目を逸らし去っていく。呪術でも掛けられると思ったのだろうか。呆れながら、ハーレイは再び歩を進めた。
良い気分はしないが、こんなやり取りにはもう慣れてしまった。
ハーフエルフだって生きている。どこかで暮らさねばならないのだ。多くの同族は人里を離れ、独りずつ隠れ住んでいるようだったが、ハーレイの意見は違う。
何処に住んだって良いに決まっている。
それは半ば意地だった。迫害され、幾度となく追い出されてもまた次に選ぶのは人の住む傍らだった。
本音を言えば、独りで生きるのは寂しい。けれど同姓であれ異性であれ少数の同族と長く付き合っていく自信もなかった。人付き合いが下手なのは自覚済みだ。長い時間を共に過ごせる、それは想像するだけで大きな喜びだったけれど、それだけに万一巧くいかなかったら立ち直れないだろう。かと言ってディザイアンになる気もない。
結局、数々の悪条件に目を瞑ってハーレイは人間を選んだ。人の時間は短いから置いていかれてしまうけれど、独りよりも、同族から嫌われる恐れよりもマシだった。もしかすると自分の親もそうだったのかも知れない。
「ハーレイ!」
不意に背中に知った声が掛けられ、足が止まる。
まさか。彼は今日大好物である遺跡の調査に出掛けた筈だ。こんな日が高い内に帰るわけもない。
けれど追い付いてきた人は紛れもなく友人ライナーであって、ハーレイはこのまま障害なく町を出て行く事は出来ないなと覚悟した。
「この町を、出て行くって、本当ですか?」
ずり落ちかけた眼鏡を押し上げ、研究生活が長いくせに走ったため荒くなった息を弾ませる。
何となくばつが悪い気になって、ハーレイはそんな友人から目を逸らした。
「いい加減次のねぐらに移動したいんだよ」
口から出るのは真っ赤な嘘だ。
「いけませんよ、もっと話を聞かせて欲しいのに!」
本気で言っているのだから参る。おどおどとした態度の割に案外図太い奴だ、と言うのがこの異種族の友に対するハーレイの評価だった。
とは言えここで退くわけにもいかないから、彼の言い分に呆れてみせる。
「それはお前の都合だろうが」
「アイーシャも寂しがります」
妹の名を上げて引き留めようと工作してくるが、それに頭を振ってやる。
「町の連中から突き上げられなくなって、喜ぶだろうよ」
熱中し出すと辺りが見えない兄と、最近その身近に現れるハーフエルフと言う存在が彼女まで町人から遠ざけられる要因になっているのだ。
脳天気なライナーは思いも寄らなかったのだろうけれど。
「そうなんですか?」
でも貴方が出て行ってしまうと大慌てで告げに来たのは、そのアイーシャなんですよと友人が笑うので、ハーレイは言葉に詰まった。
「折角知り合えたんですから、居なくなって欲しくはないですよ」
拙い。
このまま出て行くのが酷く悪い所業のように思わされて、ハーレイは舌打ちした。けれど今日出ていかなければ、また明日、明後日と居着く事になるだろう。今日だって、やっとの思いで振り切ってきた──つもりだったのだ。
もともと遺跡の町に長く滞在する予定などなかったのだ。総じて宿は高いし、観光客が多く訪れると言うことは、それだけ奇異と嫌悪の眼差しに触れる事になる。潮時だ。そう思っていた。
それなのに門は遠くて、ハーレイは呟くしかなくなるのだ。
「だけどな、アイーシャもお前も何時かオレを置いていっちまうんだぜ、ライナー」
らしくなく弱い言葉を吐いてしまった。けれどそれが本当の気持ちだった。
勝手な話だ。同じ時間は生きられない気楽さから人間を選んだつもりが、今はそれを失わねばならない事に怯えている。
けれどその言葉に、ライナーは何の事もなく笑った。
「それじゃ、僕らが死ぬまでで良いですよ」
結局ハーレイの方が言葉に詰まった。その死を見届ける勇気はない。けれど、出来うる間は共に在りたいと願う気持ちも確かに同じ胸にある。
動作に困ったハーレイは空を見上げた。
薄れゆくマナと、命短き人と、どちらが先に消え逝くだろうか。