天の響

鎚と剣

フォント調整 ADJUST △ - ▽

 剣など持って何の足しになる。
 ダイクは静まらぬ胸の内を金床に叩き付けようとして、忌々しい唸りと共に動きを止めた。肩を大きく上下させ吐いた息は金棒を朱く色付かせる。このままでは不要な感情に捻れ曲がった細工しか生まれまい。それは自身の名は無論、地底に移り住んだ同胞らを落としめる。ひいては養い子も。
 思考が子の事に至った瞬間、ダイクは再び大きな息を吐き出した。
 剣が欲しいと子は言った。自らが振るい、戦うための道具として。
 村で何事か吹き込まれたのだろうと初めは聞き流していた。何の影響か持って生まれた性質か、あれは興味の矛先が定まらぬ子だった。鍛冶の技以外には。
 ドワーフは歩くより早く火と石で遊ぶものだったから、ダイクも子に、彫刻に適した鑿と小刀を与えた。子は、養い親を真似てそれを操った。筋は悪くない。親の欲目かも知れないが、あと十数年も鍛えてやれば独り立ち出来るだろう。言葉にして誉めた事は少ないが、そろそろ鎚を与えてやろうと思っていた。それなのに。
 何が不満だ、とダイクは考える。この両手で心うち震える細工物を作る、その神秘に子は魅せられていたはずなのに。髭が薄く、また些か色が白くひょろひょろと上背ばかり伸びたが、その他はドワーフの子供と変わりないと思っていた、それが間違いだったのか。
 ダイクは両手に視線を落とした。
 剣は造るものであって、振るうものでない。己の肉厚の手が握るのは鎚だ。
 それがどれほどの力であろうと、命を削るより、何某かを生み出す事をドワーフは尊ぶ。生涯を掛け何を作り上げるのか考えた時、戦う術など必要ないはずだ。
 だが――ダイクは鎚を置くと、己の家を見上げた。眩い午後の日差しが窓から射し込んでいた。
 この家はダイクが手掛けた仕事で一番巨大なものだった。恐らく他の同胞も造った事はあるまい。そもそも一体、誰がドワーフに地上の家を建てよと命ずるだろう。それも木材でなど。
 だがこの家はそれを造り上げたことだけが重要なのでなかった。理由となった、あの子が一人前に育ってこそ意味を持つのだ。
 そしてあの子は人間だった。
 明るい陽光は竈の傍に置かれた木材を照らしていた。それは家を建てた余材だ。見掛けより軽く、それでいて中心までずしりと丈夫な良い木材。ふと持ち上げた一本は、丁度手の中に収まる太さだった。
 親の務めとは結局こんな事なのだろう。
 人の実父を追うか、ドワーフの義父に従うか、選び取るのは子だ。
 ダイクは木材の角を、小刀で滑らかに削り始めた。

2004/06/20 初出