天の響

海まであと

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 子供たちは海岸線を目指して駆けて行く。
 苛烈な砂漠と険しい山道に疲弊しているかと思えば、飽いていた面の方が大きいらしい。存外タフなものだ、とどこか感心しながら、大人たちは数歩遅れる形でそれを追いつつ窘めた。このご時世、どこから魔物や追い剥ぎ、そしてディザイアンが現れないとも限らない。
 案の定、木陰から飛び出してきた影がある。全員の足が止まった。
「うわっ」
 反射的に引き抜き交差させた二刀の前で、野犬の牙が鈍く光った。襲われたのが神子ではなく、戦いに慣れ動きは良くなった少年であった事に安堵する。しかし咄嗟の事もあって腕でも痺れたか、受けたものを押し返す力はないらしい。そもそも二刀流と言うものは確立されていない剣の型で、しかも未発達な身体で振るう為に随分と薄刃に作られている。押しつ押されつ──否、些か剣先の方が負けて下がった。
 それらを一瞬で見極めた傭兵は、腰に履いた長剣を抜いたのと同時に、少年との間に存在するどうにもならない距離を縮めようと言うのか大きく一歩踏み込んだ。白刃を下から上へと、半月を描いて振り上げる。
 空気が割れる。
 刹那の間があったかと思うと、突然の脅威に驚き眼を見開いたままだった神子とエルフ族の少年の前で、野犬がぎゃっと悲鳴を上げた。少年が翳していた剣から牙が外れ、そのまま獣の体が吹き飛び地べたに叩き付けられる。鼻先から額までが剣圧でざくりと裂け、赤い飛沫が飛び散った。
「クラトスさん、つよーい!」
「格好良かったねぇ」
 子供たちが残酷な歓声を上げる間を通り前に出ると、クラトスは倒れ伏した野犬の胸部を突き刺した。びくり、と体が痙攣し、静止した。心の臓が止まったのだ。
 それを確認したクラトスは、一行を振り返り先を急がせた。血の臭いにひかれて、また寄ってくるものがあるだろう。
 今度は子供たちも素直な返事を返し、迅速に、けれど慎重に足を進めた。進めようとした。
「ロイド?」
 けれど、二刀の少年は剣をだらりと下げたまま、クラトスを見つめているばかり。或いは腕に掛かった負担が想像以上に強かったのだろうか。その視線には痛みに似たものがあるようにも思えて、クラトスは不審に思いながらも癒しの術を唱えていた。ファーストエイドの温かな光が、無骨な指先から少年らしい瑞々しい額に移され、弾ける。
 その光を受け、ロイドはどこか仕方なさそうに笑った。
「別にどこもケガしてないって」
「──ならば行くぞ」
 頷くと二刀を収め、様子を窺っていた幼馴染みたちに向かって行く。再び三人揃った子供たちには、直ぐに賑わいが戻った。
 その場に残された方のクラトスは釈然としない疑問を残され微かに首を傾げたが、エルフ族の女性リフィルが追い付くと、再びこちらも歩を揃える。
 波の音が聞こえたのだろう。懲りずに大声を上げ喜ぶ子供たちの声に隠れて、傍らのリフィルがくすりと微笑んだ。
「あなた、案外不器用と言うか器用貧乏と言うか……」
 独り言のような、しかし明らかに聞かせる為の言葉が紡がれるに至り、クラトスは彼女の顔を見下ろした。
「分からないかしら」
 解けない謎掛けを楽しむような性質は持っていなかった為、渋い顔になったのが自分でも分かる。
 見上げてきたリフィルの瞳には、常の理知的な光とは別に、幾分弟に良く似た悪戯っぽいものが宿っていた。そう言った表情を見せられる程度に、素性の怪しい同行者に慣れてきたのだろうか。前を行く子供たちに感化されたのかも知れない。或いは──
「鈍いってことよ」
 或いは莫迦にされているだけかも知れない、と思ってクラトスは嘆息した。しかも身に覚えがある評価だけに、反論出来ないのだから度し難かった。

2003/11/12 初出