天の響

友への挽歌

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 世界を導く最高機関の指導者。惑星デリス・カーラーンに住まう天使達の王。そしてかつての仲間であるミトス=ユグドラシルは微笑んだ。
「最近の君は何をしているんだろうね、クラトス」
 呼び出しを受けた時から覚悟はしていた。
 放置せよとの命令に違反して行った狂える大樹の排除。その為の人間牧場への潜入と、クルシスに忠誠を誓う五聖刃が一人の殺害。
 弁解はない。故にクラトスは黙して語らず、ただ軽く瞳を伏せた。
 それが余裕にも似て見えたのかも知れない。
「正直なところ、どう思ったんだ」
 昏い淵から棘が見え隠れした。
 当然だろう、と何処か他人事のように思う。二度目はないと警告されていた裏切りを犯した。それは命令に対する直接の違反だけでない。今や自分は長年の計画を潰す為の手段を整え、背信を狙っている。無論それは心の中の事であって立場上は未だ彼に従っていたが、許されるべき事でない。許されなくて良い。それも含めての覚悟だった。
 だが。
「姉さまを殺しても良いと思った?」
 そうではない。否定したい想いを呑み込んだことで、顔が微妙に歪んだ。理想を誓い合った仲間を殺そうなどと、積極的に思った事はない。思わないで済むならば、考えたくもなかった。
 ただ、彼女はもう死んでいるのだ。それを認めようとしないミトスの執着は怖ろしい。そして同時に哀れにも感じた。
 共に道を歩んでいた筈の自分たちは何だったのだろうか。
 沈痛な色をどう解釈したのか、不意にミトスは表情を緩めた。
「まぁ良いさ。大樹に関しては忌々しいレネゲードのした事だからね」
 レネゲード──その党首が自分たちもよく知る人物だとは、流石のミトスも知らないのだろう。ある程度予期していたとは言え、クラトスも驚いた程なのだから。
 存外、愛した女性に止めを刺す結果になっても、二人で信じた理想の実現を願うあの男こそが最も強き者かも知れない。
 少なくともミトスには出来なかった事。そして自分にも、恐らく担えないだろう重さの決断。
「姉さまも無事だった。むしろ異形から救ったとも言えるかな」
 機嫌は上向きに転じたらしい。
 今回の件は不問だと言い放ったミトスは結局、裏切られる恐怖を秘めながらも自分を手元に置いておくしかないのかも知れない。奇怪しな話だがそう思うと、その危惧通り裏切ることしか出来ない自分の選択に胸が痛んだ。
 家族を失いながらも生かされる地獄に、正直一度は憎くも思った。曲がった理想の名の下に犠牲を強いた。その事を許容してはいけないと思った。
 同志とは呼べない。師と弟子と言う領分も、とうに失われた。仲間と言うのも白々しい。
 しかし何処まで道を違えようと、友は友だった。

2003/10/01 初出