天の響

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 制止の言葉は届かず、覇者は独り残された。突然の乱入者を追い出し進行を取り戻した司会者が雨霰と降らす賞賛の言葉が虚しく響き渡る。大歓声の中クラトス・アウリオンは項垂れ、手に提げた白刃を見つめた。

 お兄様の仇、覚悟!
 殺意を持って剣を向けたことは、本当はないのだろう。剣先が震えていた。
 よかろう。
 受けて、剣を抜いたのは自分だ。

 エクスフィアの力を借りて立つのがやっとの少女の身体は、想像通り、否それ以上に軽く、渾身の力を込めたのだろう一撃すら簡単に弾かれた。弾いた、と言う程の物でもない。受けた刃の反動を、彼女が受け止めきれず吹き飛ばされたのだ。
 それでも憎い仇に立ち向かってくる少女の瞳に涙を見付け、クラトスは嗚呼と呻いた。
 天使化し強化された能力は、時に彼を苦しめる。
 眼にしてしまった今にも零れそうな涙と、それでも向かってくる者には剣を振るってしまう習性と、打ち倒された瞬間少女が唇の先で呟いた兄の名前と。
 連れ出されて行った少女の背中は、息子のそれより未だ小さい。
 死んだ者の為に剣を振るうのは愚かだと、それは正論だ。けれど戦う事でしか悲しみを癒せない者もいる。
 あの日、亡き女性を想って振るった剣の重さにも、確かな意味があった筈だ。
 だから仇と罵られ剣を向けられるのは、当然だと思った。自分が手を下しはしていないけれど、その結末を知っていたのは事実。そして少女の兄を逃れようのない宿命に叩き落とした天使の一人として。
 けれど裁きは、また自分の上を通り過ぎていってしまった。
 生きる事に意味があると教えられてしまった為に、今少女の為に死んでやる事は出来ないけれど、せめて一太刀刺されてやれば、この気持ちも晴れたかも知れない。
 彼は剣を手にしたまま、捌け口をなくした悲しみを胸にもう一度彼女が向かってきてはくれないかと、ただ佇んでいた。

2003/11/18 初出