天の響

此処より

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 そして、デリス・カーラーンには二人の男が残った。
 これからの時を共に乗り越えていく、考えてみれば相棒と呼ぶ事になるだろう傍らの男をユアンは何とはなしに眺めた。想定していた中では、悪くもなければ良くもない相手だ。有り体には、消極的な肯定と言える。
 生来的なレベルでうまが合わないところもあったが、四千年間何とかやってこれたのだ。これからも何とかなるだろう。
 案外気楽に捉えている自分に気付き、ユアンは心中で失笑を漏らした。
 意識せず背負っていた気負いが、幾らか解消していた。今後の道のりも決して平坦ではない筈だ。けれど此処から先に続く未来があった。過去の清算であったこれまでとは違う。
 恐らくこの気持ちを共有出来るのは、唯一の同志となったこの男だけだろう。とすればこの結末──否、新しい始まりも、悪くない。
 離れゆく故郷ほしを見つめていた男が、ふとユアンに視線を返した。やや赤みがかった鳶色の髪の合間から、深い色合いの瞳が覗く。
 隠し立てせず言ってしまえば、ユアンはこの男を前にすると言い様のない憤りや酷い苦痛を感じる事があった。
 それは彼と共に在ると思い出さざるを得ない過去の、矮小にして無力な自分に対するものだった面もある。だが何より、時間と多くの命を借りながらまるで理想の実を結べぬ自分と比して、渇望していた切り札、根元の精霊の封印を宿しながら、ただ飼い殺されている男が余りに憎らしかった。
 けれど今は……と思うと、照れ臭い気持ちがユアンにはある。
 結局男が打った賭に自分も乗った。そしてそれが最後に総ての実を結んでくれた。恐らくこれからも、あの惑星にその根を伸ばしていってくれるだろう。
 あの時、男は家族を持って変わったと、そう詰るように言った事を訂正すべきか、ユアンは迷った。
 確かに男は変わった。結果として良い方に。
 男が契約の指輪と言う新たな希望をもたらさねば、そして男の血を引くあの少年がいなければ、ユアンが愛したあの女性の願いは、ねじ曲げられたままだったかも知れない。
 感謝、しているのだ。
 それに男の方も、以前より打ち解ける物を持っているようだった。
 けれどこれまでの行き違いから、互いに口を噤み、まるで何時か対峙した時のように相手の出方を伺っていた二人はやがて、どちらからともなく視線を緩めた。
 古い同志は今、新たな相棒となるのだ。
 男がふと唇を軽く持ち上げた。その仕草は、四千年前、哀しく苦しくも忘れる事が出来ぬ旅で肩を並べていたあの頃と同じで懐かしい。そして落ち着いた低音の声が発せられた。

「それにしても、またお前とか」
「……それはこちらの台詞だ」

2003/10/02 初出