天の響

そのままの

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 迎え入れた客人の顔を目にするなり、しいなは反射的に立ち上がり声を出していた。
「あんた、エクスフィアを回収して回ってるんじゃないのかい?」
 勢いにたじろいだのは確かに、世界統合と言う事業を終え今は各地を旅して回っていると聞いていた仲間、ロイド・アーヴィングだった。
 旅の目的を考えれば、彼がこの里に顔を出している今の状況は少々奇怪しい。
 ミズホが王国から下賜され所有していたそれは、ロイドの提言を受け疾うに廃棄済みだった。只でさえ忍びと言う性質上、世間から隠れ活動する彼らが何時までもエクスフィアを保有していては、人々に有らぬ疑いを抱かせる事にも成りかねなかったからだ。
 ロイドの方は、何を不思議がられているのか分からないと言う顔で、ただ彼女の疑問にだけは正直に頷いてみせる。
「そうだよ」
 それならば何故。
 問うよりも早く相手の口が動いた。
「約束しただろ」
 当然のことのようにロイドは言い、しかし約束と言われても思い当たる節がないしいなは首を傾げた。
 旅の間中、その場限りの約束は沢山交わした。例えば今晩は何を食べようだとか、何処に泊まろうだとか、そんな他愛ないただのやり取り。果たしてその中に、旅が終わった後わざわざ会いに来る必要があるほど重要な約束が、あっただろうか。
 思い出せず、終いには頭を抱えてしまったしいなに焦れ、ロイドはもう、と一つ大きな声を上げた。
「引っ越し、手伝いに来たんだ」
 一瞬なにを言われたのか分からなかった。
 しかし義父イガグリと副頭領タイガの朗らかな笑い声を背中で聞いたのと同時に、脳裏に浮かんだ情景があった。
 そうだ。二つの世界を救った暁には、ミズホの民をシルヴァラントに移住させる契約。それを引っ越しと伝えて彼に納得させたのだった。
 とは言えあれは、未だ世界統合等と言う目途が付いておらず、将来的に世界は二つに完全に分離するのだと思っていた頃の約束。それを今頃になって守ろうとするとは、律儀と言うか融通が利かないと言うか。半ば呆れて見返せば、未だ風化には早い旅の間と変わらぬロイドの本気の顔があって。
 そう言えば、一本気でめげない事が彼の取り柄だった。
「んじゃ、キリキリ働いて貰おうかね」
 そしてしいなの頬からも、あの頃と同じ笑みが零れた。

2003/10/27 初出