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涙、拭って

 吃逆を上げたのが契機だった。
 大きく瞳を見開き堪えた努力も虚しく、涙が頬を零れ落ちる。
 瞬間、仲間たちの顔に緊張が走り、紡ぐ言葉は途切れた。不自然な沈黙の中に、小さな、けれど決して打ち消せぬ嗚咽が響く。隠せぬ違和感は、婦人の表情を雲で覆った。胸元に置かれた手は、沸き上がる不安を移してか微かに振れる。
 真実を報しめる事を、誰が戒めたわけでない。知らせずに済むとも思えぬ。
 それでも、今ばかりは涙の代わりに微笑みをもって、少年の生を肯定することが彼らの望みだった。
 だが一度流れた涙は最早止めどなく、握り締めた手すら小刻みに震え、チェルシーの意思を裏切った。
 零れ落ちた滴が重なり、布地を濃い色に染める。
 止まらない――。
 かの少年との思い出など、チェルシーは皆無に等しい。騒乱の中で出会った、美しい異国の少年。尊大で、意地悪で、強くて、そして呆気なく死んでしまった。
 今仲間たちと救い出した、この女性を守るために。
 唯一人の為に命を賭ける想いを、少女ながらチェルシーも知っている。望まれていないと知りながら、その時が来れば身を投げ出すだろう。故に、彼はチェルシーの写し身に違いなかった。
 しかし、チェルシーは死した少年が知らなかっただろう事をひとつ知った。
 残された人も、死と無関係ではいられない。きっとその死を背負って生きるのだ。
 証拠に、女性は憂いた顔を持ち上げ地上へと歩み出す。それは過ぎ去りし昨日と異なる、少年の死を持って開かれた明日への道だ。
 チェルシーは自身の手で涙を拭うと、ウッドロウの後を追って歩き出した。