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信じるものは幸いである

 話し声が止んで暫く経つと、規則正しい寝息が二つ聞こえてきた。
 子供たちはようやく眠りの世界へと誘われたようだった。
 ぼっちゃん、ぼっちゃん。
 薄闇の中で彼は呼び声をあげた。
 ぼっちゃん、起きてるんでしょ。
 煩わしそうに、主人が即席の寝台上で身動ぎした。主人は眠りが浅い。
 彼の方は、人間で言うところの眠ると言う行為そのものを必要としない。人為的に機能を落とす場合は別だが、既にその技術も失われて久しい。
 そう言うわけで、先程少年と青年の間で行われたやりとりは彼らにも聞こえていたのだった。
 ぼっちゃん、聞いてたよね。
 父親の故郷を訪れた興奮からなのか、あの少年はなかなか寝付けない様子だった。
 そんな少年に青年が伝えたのは、少年の父親の──
「盗み聞きは感心しないな」
 寝台の上で発するには明瞭な声で、主人は応じた。
 盗み聞いたつもりはないんですけどね。それにぼっちゃんも聞いてたんでしょ?
「……聞こえただけだ」
 その声だけで、彼には、少しむっとしたのだろう主人の顔が想像できる。
 ああ、ずるいなぁぼっちゃん。それは僕もですよ。
 戯けたように言ってみせて、けれども主人の反応が薄い事に彼は不意に気が付いた。
 白い仮面が幽鬼のように浮かび上がって見えるその陰で、主人の顔は判別出来ない。
 まさか、と思い少し声音を変えて呼び掛ける。
 ……ぼっちゃん、泣いてるの?
「泣いてない」
 主人はぶっきらぼうに答えると、彼を避けるかのように頭の位置をずらした。
 ぼっちゃん。
 もう何度目かになる呼び掛けを繰り返し、彼は青年の言葉を思い返した。
 相手と自分を信じて、信じ抜くのだと、そう少年の父親は言ったらしい。
「シャル、五月蠅い」
 本当にうまくいったと思っていたのかは知らないけれど、確かなのは。
 良かったですね、ぼっちゃん。
 何が、とは聞かれなかった。それで良いとシャルティエは思った。