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夢であるように

 絶対の救いと幸福が消えた。
 残されたのは、神殺しの烙印と絶望と哀しみと、かすかな……希望。

 フォルトゥナの一撃を喰らい倒れ伏したままだったハロルドの様子を伺うと、派手な色をした頭が意外にもダメージを感じさせない機敏さで持ち上げられた。
 年齢とその高名に釣り合わない童顔から溜息が吐き出される。
「詠唱中くらい守んなさいよって、言ったでしょ」
 起き上がらなかったのは回復晶術をかけていた為のようだった。完全に塞がった傷口を確認して満足そうに頷く。
 ふと少女に指し示され、それに導かれるように少年が巨大レンズに向かって進んだ。
 次第にしっかりとした足取りになった歩みが止まり、激しい戦いの名残である荒い呼吸を繰り返し上下していた肩が心持ち下げられた。その次の瞬間、勢いよく剣が振り上がった。
 その小さな、決断を背負わせるには残酷なほど小さな背中を見守る仲間たち。
 ほんの一振り。
 ただ、あのレンズを砕きさえすれば──
 ジューダスは瞠目し、ハロルドを見やった。その事を予期していたかのようなタイミングで彼女が頷く。
「あんたの思ってる通りよ。歴史の修正が行われるわ」
 驚くと同時に納得できる面があった。
 未来を知りたくないと言っておきながら、ここまでの時間を超越した旅にそれを承知で参加し、千年後の未来の書物を読みさえしていた不可思議な行為も、すべてはこの結末を予期していたが故だったのか。
 これまで行われたエルレインの、そして自分たち自身の歴史介入はなかった事となり、この出会いは消える。すべてがなかった事になる。
 卓越した科学センス以上にその先見の明こそ、真の力に違いない。彼女が天才と賞賛される所以を思い知った感だった。
 言葉をなくしたジューダスに、ハロルドは無邪気な様子で笑いかける。
「いや〜、でもこの天才と同じコトに気付くなんて、やっぱあんた凄いじゃない」
 最後の局面ですら普段の自分を見失わない彼女に口唇の端で笑い、ジューダスは仮面を深く被り直した。
 これで全てが終わると言うならば。
 その最後の時まで、彼らが仲間だと言ってくれたジューダスと言う人物でありたい。
 きっとそんな彼の気持ちも分かっていると言うのだろう。ハロルドは仮面の剣士に頷くと前を見据えた。
 ──そして、絶叫と共に振り下ろされた剣によって。
 レンズは砕かれた。

 すべては消える。この出会いも、思いも、なにもかもまるで夢であったかのように。
 それでも、例え夢の中の出来事であっても。
 ジューダスと言う名の本来存在しない男が仲間と共に戦い、そして勝った。最後の時まで肩を並べ、背中を預けあった。
 それで充分だった。