毒の矢

「バカは死ななきゃ、治らないって言うしねぇ」
 いつもと同じ巫山戯た調子の放言に、何喰わぬ顔で毒を混ぜる。
 その言葉は直ぐ少女によって不確実性を指摘され、皆の苦笑いに流されてしまった。刹那の間、背後の空気が揺れたことに気付いた者はいない。
 男は、振り返って己の言葉が及ぼした影響を確認するような愚を冒さなかった。
 既に矢は放たれ、鏃の毒は若者の中に潜り込んだ。射手に残る仕事は、成果を待って主君に捧げるだけである。
 つまるところ、暴政の騎士を舞台から降ろそうと決意した者は、青年が初めでなかった。
 それにしても、自らが不義を働くことと、正義を貫こうとする他者の意志を歪め、堕とすことはどちらがより罪深いことだろう!
 答えは己の中に既に存在していたが、男は今日も目を瞑り、宿の寝台に潜り込んだ。