ヨアヒムは新しい鈍器を拾った。アースンパイプ。片仮名にすると格好良く聞こえるが、つまりは土管だ。
いかな彼でも口の中に収めきれなかった為、ストローとして使う話は立ち消えになり、結局いつも通り振り回される運命になった。どちらかと言えば、その方が本来の用途に適ってもいるだろう。……あくまでも、どちらかと言えば。
もっとも、ウルの弁はそもそもからして間違いだ。中は空洞でない。雨露を凌いだ野良猫たちの念が存分に込められている。眺めていれば、にゃあ、と鳴く声が甦りそうな程に。ヨアヒムはヒーローであるから子供と動物の味方だ。幾多の猫たちを救った土管は、尊敬すべき相手であった。
「それならぁ」
と、人差し指を顎に添えたルチアが間延びした調子で言った。
「ヨアヒムも土管で寝るぅ? 猫ちゃんたちの気持ちに近付けるわよぉ」
本来、鈍器を振るうのに猫の気持ちに近付く必要はない。それもこんな大男が。だが。
「それも一理あるだらな」
ない、と突っ込むはずの者たちはあいにくその場にいなかった。
横倒しにした土管の中に身体を潜り込ませる。土管は、心地よい涼しさと安心感でヨアヒムを包み込んだ。
「……気持ちいいだら」
ふと思い付いて顔まで中に入れれば、それは彼が故国で寝台としていた棺桶の中に似ていた。少し足がはみ出したのが残念だったが、仄かに暗く冷えた世界は、一族が眠る棺が並べられた地下室の静けさを思い出させた。
半年前につまらぬ諍いで飛び出て以来、帰る機会を失ったままの愛しい根城。我が蒼き城よ。あの噴水の脇でルンバを踊っていたムカデは、今どうしていることだろう……。
郷愁に狩られ浸っていたヨアヒムが我に返ったのは三日後だった。
サント・マルグリット島に置いて行かれた彼が、自力でカンヌまで泳ぎ切り、一度誤ってオスマントルコに足を踏み入れながらもいつの間にかウル一行を追い越してウェールズに帰還、なんとかロシア行きに間に合った次第は、また別の話である。
空地に廃棄された下水管。汚水を流し続けた暗い過去を忘れ、野良猫の雨除けとして過ごす日々は、彼に一時の平穏を与えた。そして今、彼は鈍器として新たなる道を歩み出す。
サント・マルグリット島牢獄からの脱出時・拷問部屋の隣フロアで拾得
2004年12月2日初出/同日改訂