この日本でも仲間が増えたため、ウルは一度パーティの編成を行う事にした。
最近は戦いも熾烈になってきたことであるし、いつも後方で人形遊びしているゼペットや、好きなアロマを焚いたり蝶々を追ったりしているルチアの経験値も上げてやらねばならない。
そんなわけで、この日ヨアヒムは、一行に同行して以来初めて控えに回された。
了承の返事は予想に反して朗らかだった。前線に出ることを強要され不満の声を上げた術士たちのように文句を言われるのでは、と構えていたウルが拍子抜けするくらい。もっとも彼も、弟の申告が確かなら四百を超えるいい歳なのだから、それくらいの分別はあって良い。
そうして進んだ道の奥に敵の姿が見えた。ウルは手を撃ち合わせると、仲間たちに声を掛け駆け出す。
「いくぜ!」
同時に走り出したのが相棒のブランカであることは変わらないが、常ならば更にその後ろに続くヨアヒムの騒々しい足音と蔵人の静かな剣気はない。その変わりに背後から聞こえたのは――
「さあ、高らかにゴングの音が鳴り響いた第384戦。先ず一歩飛び出た“ドンレミの白い狼”ブランカ選手の支援魔法を受けて、ウル選手が飛び出すっち! 良い右ストレートだら」
「あ?」
ヨアヒムはそれまで肩に担いでいた新しい鈍器――折畳机の足を出して真っ直ぐ地面に立て、それを前にして座っていた。ただし、放送席と言っても椅子は別売りのため、空気椅子である。鍛錬を兼ねているのかも知れない。さすがにその鍛え抜かれた足は震えもしなかった。
思わず背後を確認したウルは、無意識のまま繰り出した足技が空振りした事に気付いた。
「おっとウル選手、ここで三撃目をリングミスだっち」
事実だが相手にも責はある。第一うるさい。むっとしたのは罪でないはずだ。
「ここでルチアのイビルボーン。当たっただらが浅い。その横でゼペットの爺ちゃんにぺらぺらの一撃が入った! ノックダウン! あ、見るだら、それでもコーネリアは庇ってるだっち。しかしあんな落ち方をしてどうして首の骨を折らないのか不思議だらな。ん? ウル選手が戦い続くリングを放棄し、この放送を行っている放送席に向かって進んで来るだら。ああ、アモンの姿に変身しつつあるだっち。命の危険を感じるものの、放送と言う尊い使命を帯びたオレはこの席から逃げない! でもますます近付くその形相は百年の恋も醒める恐ろしさだらよ。ああっ、右手がゴングをねじ曲げた! 吸血鬼も吃驚の凄い力だら! いよいよ最後かっ、さらばだみんな、さらばだっち」
彼の脳内にだけ存在する観客に手を振るヨアヒムの表情は、戦っている時の何倍も楽しそうに輝いている。
ウルは無言のまま、その顔に向かって黒い腕を思い切りよく振り切った。
すかさず、空いた放送席のマイクを掴みアナスタシアが叫ぶ。
「でたっ、場外ホームラン、グランドスラム!」
それはオレの技だら、と訂正を求めるヨアヒムの声が遠く遠くへ飛んでいき、昼の星が煌めいた。
19世紀のレスラー、ビル・ヤマガタ愛用の凶器。頑丈な板面は鈍器としても優秀。来日の際、これを手に8人組の力士を襲撃した彼が、返り討ちにあった事件は記憶に新しい。
帝都・日本橋ガマ道場の奥で拾得
2004年12月1日初出