仲間、と言う言葉を聞いたのは久し振りだった。
わずかに外界と触れる肌の上を潮風が撫ぜて通り過ぎる。
アイグレッテ港を出航した船上で、仮面の剣士は息を吐き出した。小さなため息は波間に吸い込まれ、消えていく。
あの屈託なく笑う子供は、英雄を目指すのだと言った。
英雄のなんたるかも知らずに!
十八年前の一連の出来事から英雄と呼ばれるようになったパーティの事を知っているだろうか。
仲間だと言っていたソーディアンマスター達の中には裏切り者がいた。
そして、忌まわしい運命が繰り返された日。体重を乗せて突き出されたソーディアン:ディムロスの切っ先が裏切り者の胸を貫いた瞬間、彼らの偽りの友情ごっこは終わりを閉じた。
信じている、と言ったその言葉は届かなかった。
信じることを怖がった愚か者に相応しい、惨めな最期だった。
現在その裏切り者の名は、唾棄される忌まれた名となった。
それでも彼らは道を進んだ。
数十、数百万の民衆を救う為には、立ちふさがる者はすべて……それが仲間と呼んだ相手であっても、仲間の肉親であっても切り捨てていく。
それが英雄の条件だ。
一人と引き替えに、世界を救うのか。
世界と引き替えに、一人を救うのか。
その選択を迫られた時、あの少年はどうするのだろう。
あの少年は、選べるのだろうか。
突然。
がたんっ、と波とは別の衝撃が船を襲った。甲板で談笑していた客が振り落とされまいとしがみついた貨物が倒れる。その中から飛び出たリンゴが傾いた甲板を転がっていった。
銀髪の男が慌てた様子で船上を駆けていく。恐らくいつもの通り少年の保護者ぶりを発揮しているのだろう。
剣士は顔を隠す仮面を深く直すと、二本の細身剣を手にその後を追った。
恐らく答えは、この旅の果てに待っている。
その時まで──仮面の剣士はジューダスと言う名を背負って少年と共にある。