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一時の温もりを

 防寒具が一組しかない。
 救出したアトワイト=エックス女史と共にスパイラルケイブを出ようとした時点で、地上軍ユンカース隊所属ディムロス=ティンバー中将はその事実を認識した。
 思わず息が零れる。
「……参ったな」
「どうしたの? ディムロス」
 事実を告げると、気丈な彼女もさすがに眉を顰めた。
 吹き荒ぶ降雪の中を防寒具なしに進む事など考えられない事だった。途中途中シェルターに避難するとしても、運が良くて全身凍傷、殆どの場合は凍死と言ったところだろう。仮に防寒具が揃っていたとしても、行程にはモンスターが出る。この終わらない冬の時代、拠点を移動すると言う事は常に死と隣り合わせなのだ。
「結局、実用的な面では気が回らないと言うことだ」
 どうするべきか、ディムロスは改めて現状を見やった。
 新型兵器の実験と嘯いたハロルドに連れられて来たディムロスは、まさか彼女がアトワイトの救出を目論んでいようなどと夢にも思わなかったし、二人で先に帰れと気を遣われるとは考えもしない事だった。当然、余分な装備など持っていない。
 とは言え戻ってハロルドの一行に合流したとしても、彼らがもう一揃い防寒具を持っている筈がない。
 となると一番確実なのは、基地と連絡をとり輸送機を回して貰う事だった。事情の説明は求められるだろうが、どのみち勝手な行動をとった処罰は受けねばならないのだから、上層部にこの一件が伝わるのが少し早まるだけである。
 彼は中将と言う身にあって、処罰を受ける為にも無事基地へ戻らなければならない。勿論この後の地上軍の作戦展開に影響を与えないため迅速に、と言う注釈付きで。ディムロスは素早く決断を下すと無線機に呼びかけた。
 だが。
「拙いな」
 幾ら応答を呼びかけても返ってくるのは雑音ばかりだった。基地とこの洞穴とではかなりの距離があるため、電波が届かないのだ。
「仕方ない。少し移動して無線装置の使えるシェルターを探すとしよう」
 ……勿論、防寒具が一組しかない事実は変わっていない。
 体力のあるディムロスが先行して、輸送機を確保して迎えに来る方が良いかもしれない。と二人は思ったが、かといって折角救出出来たアトワイトを置いていっては、またバルバトスに狙われるやも知れないし、ハロルドに何を言われるか分かったものではない。第一このスパイラルケイブ内とて安全ではないのだ。
 確かに気丈で、この新兵器投入と同時にソーディアンチームとして数えられる事が決定しているアトワイトだったが、一人の女医に過ぎない。戦う術を持たない彼女を、一人にするわけにいかず。
 ディムロスは防寒具を広げると、それで自分とアトワイトの身体を出来うる限り包み込んだ。その所作は冷静を装っているが、珍しく年相応の照れが見え隠れするように思えた。
 太陽の恵みを失ったこの時代、当然のことながら地上人の寿命は総じて短い。その上この戦争だ。クレメンテ老のような老兵は存在そのものが珍しかった。当然、現在中将と言う地位にあるディムロスも、時代を遡るか更に経た時代の正常な軍隊においては若輩者と蔑まれて奇怪しくない年齢だった。
 時折見え隠れするそんな若さを、アトワイトは好ましく想っているのだ。
「もしかすると……」
 熱を逃がさないよう身体を寄せ合いながら、アトワイトはふと呟いた。
 恋人同士と言っても、戦争が無事に終わって互いが生きていれば──と想い合う仲の二人は、仕事の忙しさもあって二人だけで過ごす事など極稀だった。こんな状況下の出来事ではあるが、今までにないほど物理的に近付けた事を喜ぶ気持ちがあることを、アトワイトは認めた。
「気を回してくれたのかも知れないわね」